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「......ッ」
イオはその光景を見てただ呆然と立ち尽くした。それは、人が血を流して倒れている様を見たから出た反応ではない。自分の判断遅れによって、助けられた命を見捨ててしまった自責の念に駆られたからだ。
「......ごめんなさい」
倒れている教師に向かって、イオは静かに成仏を祈る。
だがイオは、そのまま他の生徒のように腰を抜かしたり叫んだりなどはしなかった。それは一週間前、薄暗い倉庫の中で吸血鬼の死体を間近で見たことが理由だった。今いる三階の教室からグラウンドの死体までの距離はかなり遠く、しかも損傷は吸血鬼の方がよっぽどひどい状態であった。
その経験がこの状況において有効に働き、イオはすぐに意識を切り替えて今この状況を打開するための作戦を練りはじめる。
「(......まずは人を避難させないと。)」
最初に頭に浮かんだことは、学校内の人間を安全な場所へ全員避難させること。だが、その考えはすぐに疑問へと変わった。
「(だがどこに?いや、それ以前に動けるのか?)」
その理由は、今のこの状況だ。一週間前に俺も味わったからこそ言えるが、学校中の生徒は目の前で起きた悲劇によってパニックを起こしており、すぐに避難できる状態ではないだろう。もし仮に動けたとしても、避難訓練ですら真面目に受けてはいなかった生徒が大半だ。受けていたから絶対できるとは言わないが、冷静に避難するどころかそのための約束事である『おかし』すら今の状況で守れる生徒はいないだろう。
「(そもそも、教師が避難指示を出さない時点で無理か......)」
先ほどまで授業をしていた教師の姿はすでに教室にはなく、おそらく職員室でこの状況をどうするかについての話し合いでもしているのだろう。三百を優に超える生徒全員を俺一人の判断で避難させることなどできそうにはない。むしろ今行動に移せば余計に場を混乱させるだけだ。
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