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「ギィィッシャァァァア!!」
「なっ!?」
突然、後ろから追ってくるだけだった女が、痺れを切らしたかのように大きく叫びをあげる。次の瞬間、そばにあった鉄骨を片手で持ち上げたかと思えば、それを俺めがけて勢いよく投げつけてきた。
「っ!?よっ、避け」
鉄骨を片手で持ち上げる奴の怪力ばかりに意識が向き、自身に向けて投げられた鉄骨には反応することができなかった。それでは到底避けられるはずもなく、俺は迫りくる鉄骨を真正面から受けてあえなくその下敷きになった。
『(...ここは)』
ゆっくりと開いた俺の目に映ったものは完全な無。周りに何もない暗闇の中に、俺はポツンと立っていた。光源になりそうなものは一切なく、無音な空間を見回してみてもそこにあるのは漆黒だけ。だがどういうわけか、自分の身体だけはしっかりと認識することができた。
『(えっと......俺は一体......)』
現状をある程度把握した後、俺はなぜこんな場所にいるのかを思い出し始めた。頭に少し痛みを感じたものの、自身が求める記憶を取り戻すまでさほど時間はかからなかった。
『(そうだ。俺はいきなり動きだした死体に追いかけられて、最後は飛んできた鉄骨に直撃して......)』
そこで始めて、俺は自分が死んだことに気がついた。
『(......そうか。俺は死んだのか。)』
自分が死んだことに気がついても、俺は不思議と落ち着いていた。いや、正確には実感が湧いていなかった。死を実感させる人狼の目にさらされ、刺激の強すぎる大量の血液を見て、そして突如動きだした死体に襲われる。時間にして一時間もない僅かな間に、普通なら一生体験するはずのない出来事を三つも体験したのだ。人一人がもつ脳の容量をオーバーし、処理が追いつかなかったとしても不思議ではない。
『(人狼から生き延びたと思ったら、今度は倒れてた死体が動きだしてそっちに殺されたんだっけ。......まぁいまさら戻れない......か。)』
俺は何もないその空間に腰を下ろして、現世でやり残したことを考えながら何かが起きるのを待った。
『(......)』
しかし待てども待てども、この暗闇が変化することはない。
『(どういうことだ?)』
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