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気がつくと、処置室のベッドの上だった。
涙目の武士さんを見て、今のは夢じゃなかったんだってわかった。
「ごめんなさい、赤ちゃん、守れなくて」
「気にするな。先生も言ってたけど、この時期の流産は母親に原因があることは少ない。もう、自分を責めるな」
私は泣いて、それからハッと気付いた。
「私、どれくらい寝てたの?蓮は?」
「今は朝だよ。蓮はまだ予断を許さない状態が続いてる」
すぐにベッドを降りようとした私を、武士さんが押しとどめた。
「お腹の子のことで、母体にも負担がかかってるんだ。もう少し休んでからじゃないと。せめて、昼までは寝てろ」
言われて、私はベッドに体を横たえた。
身体が、鉛が入ってるみたいに重かった。
それから昼まで横になっていて、私はまた蓮の病室に戻った。
お母さんは私を見て、泣きそうな顔をした。
「辛かったわね。まだ、寝ててもいいのよ?」
「今は、蓮のそばにいたいんです」
「ありがとう。辛くなったらすぐ横になってね」
私は椅子に腰掛けて、蓮の手をずっと握っていた。
お腹にいたあの子を見送りに行ったとき、私は確かに蓮と会った。
あの後、蓮が向こうに行ってしまっているなら、きっととっくに蓮の命は尽きているはずだ。
それでもまだ蓮が頑張っているということは、蓮はあちら側には行かなかったということだ。
私は蓮の手を強く握りしめて、願った。
お願い、蓮。目をさまして。
「蓮!」
お母さんたちの声に目を開けて蓮を見ると、蓮は目を開いていた。
お医者さんがモニターを見て、もう大丈夫ですよ、と言った。
熱も下がっていた。
「心配かけて、ごめん」
掠れた声で蓮が言った。
「綾………お腹の子は」
「……うん、ダメだった。ごめんね」
「次の赤ちゃんを大切にしてあげればいいよ」
夢の中と同じことを言われて、びっくりして蓮を見た。
ああ。
蓮も同じ夢を見てたんだ。
あれは、本当に此岸と彼岸の境目だったんだ。
「………きれいな、お花畑だったね」
きっとあの子は、お腹にいた子は、その小さな命をもって、蓮を助けてくれたんだ。
「俺と綾は、やっぱり結ばれない運命だったんだな。やっぱり俺は、一生お前に勝てないよ」
色々と諦めたように、武士さんが言った。
「今度は、負けるつもりはないですから」
蓮の強気な発言に、武士先輩は満足そうに笑った。
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