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そんなことを考えていると、また電話がなった。
武士さんからだ。
「遅い時間にごめん」
「いえ、大丈夫です」
「改めて、綾ちゃんにプロポーズさせてほしいと思って」
ドキン、と胸がなった。
「綾ちゃんが入社してからずっと、好きだった。彼氏がいるからちゃんと諦めるつもりだったんだ。本当だよ?でも、その反面、本当はずっと、手に入れる隙を窺ってた。カッコ悪いよな……」
自嘲して、武士さんは続けた。
「今回のこと、綾ちゃんは辛かったと思うけど、俺にとっては僥倖だった。
綾ちゃんがまだ彼氏のこと好きでもいいから、俺と結婚してほしい」
「蓮のことを、好きでも……?」
「そんなに簡単に、気持ちは切り替えられないでしょ?」
武士さんの言うとおりだ。
そんな簡単に切り替えられる程度の気持ちなら、結婚しようなんて思わない。
「ただ、せっかく式の日取りも会場も、ドレスも押さえてるなら、キャンセルしないで、俺との結婚式に使えばいいと思う。もうあと、数ヶ月しかないけど」
武士さんは畳み掛けるように言った。
「同じ部署では働けなくなるけど、専業主婦してもいいし、違う部署で働いてもいい。綾ちゃんの希望に合わせるから」
こんなに私のことを思ってくれて、私の意思を尊重してくれる。
それでも、恋愛はできたとしても結婚はできない。
私が結婚しようと思ったのは、蓮が相手だったからだ。
「武士さん。結婚は、できません。ごめんなさい」
しばらくの沈黙の後、小さな声が聞こえた。
「付き合うだけでも、だめ?」
こんなに一生懸命になってくれてるのに、申し訳ない気持ちになる。
でも、自分の気持ちに嘘はつけない。
それに、武士さんは「蓮を好きなままでも」といってくれたけど、その上で結婚するのは、いくらなんでも失礼すぎる。
「わかった………約束通り、式場のキャンセル料は俺が払うよ」
「いえ……元はといえば私と蓮の式で、二人でお金を出し合ったので、蓮に連絡を取って二人でキャンセルします」
「そっか。わかった。ただ、結婚しなくていいから、付き合ってほしい」
「お付き合いするだけなら……」
私は、なんて自分勝手な女なんだろう。
それでも武士さんは、よかった、と仄かに笑った気配がした。
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