1 突然の別れ

16/17
前へ
/92ページ
次へ
予定通り、駅前のケーキ屋でケーキを買って、徒歩十分くらいの道を歩く。 私が家の呼び鈴を押そうとすると、武士さんがその手を止めた。 「ちょっと待って、深呼吸するから」 そんな姿も可愛くて、私はちょっと笑った。 武士さんが3回くらい深呼吸したところで、呼び鈴を押すと、いつもよりオシャレをしたお母さんが出てきた。 「遠いところようこそいらっしゃいました。どうぞ、中へ」 「ありがとうございます。あ、これお土産です。お口に合うといいんですが」 「まぁ、ありがとう」 普段はめったに使われることのない客間に通される。 緊張している武士さんの横にすわっていると、私まで緊張してきた。 「ようこそ、水野さん。それからおかえり、綾」 お父さんが入ってきて、私達の正面に座る。 世間話から始まって、今日はお願いがあってお邪魔しました、という言葉と同時に、武士さんが座布団から降りる。 「娘さんと、同棲の了承をいただきたく、そのお願いに参りました」 「楽にしてくれ、水野くん。君は、その、娘に何があったか知っているんだよね?」 「はい。まだ、心に残っていることも存じています」 「本当にそれでもいいのかい? その、結婚じゃなくて同棲の挨拶ということは、やはり気になってるんじゃないのかい?」 「僕は、娘さんが入社したときからずっと想いを寄せていて、失礼な話ながら、今回のことをチャンスだと思ってしまいました。かならず、幸せにします。いつか、いい思い出だったと笑えるように」 「そうか……わかった。娘をよろしく」 「ありがとうございます!」 それから、お父さんと武士さんはお酒を飲み始めて、お昼にはお寿司が出た。 私はお母さんの手伝いをしていた。 「良さそうな人で安心したわ。しあわせになりなさい」 「うん」 本当に、武士さんは私にはもったいないような人だ。 大切にしようと、思った。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

255人が本棚に入れています
本棚に追加