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予定通り、駅前のケーキ屋でケーキを買って、徒歩十分くらいの道を歩く。
私が家の呼び鈴を押そうとすると、武士さんがその手を止めた。
「ちょっと待って、深呼吸するから」
そんな姿も可愛くて、私はちょっと笑った。
武士さんが3回くらい深呼吸したところで、呼び鈴を押すと、いつもよりオシャレをしたお母さんが出てきた。
「遠いところようこそいらっしゃいました。どうぞ、中へ」
「ありがとうございます。あ、これお土産です。お口に合うといいんですが」
「まぁ、ありがとう」
普段はめったに使われることのない客間に通される。
緊張している武士さんの横にすわっていると、私まで緊張してきた。
「ようこそ、水野さん。それからおかえり、綾」
お父さんが入ってきて、私達の正面に座る。
世間話から始まって、今日はお願いがあってお邪魔しました、という言葉と同時に、武士さんが座布団から降りる。
「娘さんと、同棲の了承をいただきたく、そのお願いに参りました」
「楽にしてくれ、水野くん。君は、その、娘に何があったか知っているんだよね?」
「はい。まだ、心に残っていることも存じています」
「本当にそれでもいいのかい?
その、結婚じゃなくて同棲の挨拶ということは、やはり気になってるんじゃないのかい?」
「僕は、娘さんが入社したときからずっと想いを寄せていて、失礼な話ながら、今回のことをチャンスだと思ってしまいました。かならず、幸せにします。いつか、いい思い出だったと笑えるように」
「そうか……わかった。娘をよろしく」
「ありがとうございます!」
それから、お父さんと武士さんはお酒を飲み始めて、お昼にはお寿司が出た。
私はお母さんの手伝いをしていた。
「良さそうな人で安心したわ。しあわせになりなさい」
「うん」
本当に、武士さんは私にはもったいないような人だ。
大切にしようと、思った。
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