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「だからさ、たまたまタイミングが合わなかっただけだって。そんなに泣くなよ」 「だって、だって……好きだったんだもん」  ぐずぐずと鼻を鳴らしながら大きな目から零れる涙を手でぬぐい、しゃくり上げながら千絵子はずっと泣いたままだ。  予備校で隣の席になった別の高校に通っている、眼鏡を掛けた真面目そうな彼が気になるのだと秘密を打ち明けられたのは二ヶ月前。  眼鏡を押し上げる指が綺麗だったから、横顔がとても凛々しかったから、ノートの字が丁寧だったから、確かそんな理由で好きになったと言っていた。  友達と話すときも少し控えめな感じで、他がわいわい騒いでいる間も静かに笑っているのが素敵だと、恋をした彼の新しい好きなところを見付けるたびに報告をしてくる千絵子は、本当に幸せそうできらきらと輝いていて。  そんな彼女が好きだとは言えずに気持ちを押し殺して二ヶ月。  少し話すようになってますます彼が好きになったのだと告げられた時には、ああこのまま上手くいってくれれば自分も新しい恋が出来るのかも知れないと思っていたのに。 「あんなに素敵なんだもん、恋人くらいいるよね。なんで恋人がいるなんて思わなかったんだろう」 「それっぽい話題が出てなけりゃ、いるかどうかなんて判らないしさ。千絵子が悪いわけじゃない」  告白しようと思うんだと俺に決意を告げてから直ぐに、相手に恋人がいると判った瞬間に千絵子の恋はその想いを告げられずに終わった。  そして今に至る。 「千絵子がどれだけそいつのことが好きだったかって、俺は知ってるからさ」  失恋した千絵子を慰めることになるなんて考えても居なかった。 「……ありがと、優しいね。今度は亮太みたいに優しい人を好きになろう」  知らないがゆえの言葉が棘のように刺さって抜けずに、俺はどんな表情で彼女を見たのかは判らない。  それでも千絵子はなにも気付かないまま、新しい恋をすることを俺に告げていた。
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