【9】ヒートの行方

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「駒井くん、ちょっといいかな」  刑事課で答申書を作成した後、そのまま大部屋でウロウロしていると丸山から声を掛けられた。暴力犯係――警視庁や県警本部では組織犯罪対策部に当たる島では、今日も未決のラックに書類が山積みになっていた。 「あ、ごめん。駒井くん、ちょっと待っててね」 「はい」  急に〝待て〟をされるが犬なので従う。 「安西さん、これって追いガサ掛けるの?」 「こっちで捜索差押許可状請求書が取れたらな。でも、どうだろうな。前回のガサが不発に終わってる上に、組員が妙な圧力掛けてきてるからな。今日も、中堅の組員に直当(じかあ)たりした新入りがやられてる。ガサ状を下ろすのにも時間が掛かりそうだ」 「情けないわね。まあ、いいわ。あ、これ駒井くんにお願いしていいかしら」 「ん? ユピテル関係の書類か」 「『捜査関係事項照会書』と『押収品目録』『押収品目録交付書』あとは『鑑定嘱託書』ね」 「頼め頼め、こいつは使える男だぞ」  安西が健人の肩を叩いた。 「いいですけど。お二人の作業日報までは手伝いませんからね」 「うふふ。ありがとう」  この二人から頼まれると断れない。健人は仕方なく仕事を請け負った。  安西が大部屋を出る。すると丸山が何か思いついたように声を掛けてきた。 「忘れてた。いつものお駄賃」 「へ?」 「駒井くん、知ってる? 潮州スタイルの月餅。見た目が凄く変わってるの」 「なんとなく知ってますけど、食べたことはないです」  丸山は紙袋の中から月餅を取り出すと健人の手の上に一つ置いた。皆がよく知っている広東式の月餅は型で押して焼いたシンプルなものだが、丸山がくれたのはパイ生地のような層を持つ渦巻状の月餅だった。 「たくさんあるの。全部食べて」 「こ……こんなに」 「署長と一緒なら食べられるでしょ。見た目も可愛いし、きっと喜ぶわ」  笑顔の丸山が紙袋ごと差し出してきた。健人は慌てて礼を言うと、紙袋を受け取った。
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