【9】ヒートの行方

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「ねずみ小僧かよ……」 「そうです。俺、警察官なのに、今、稀代の大泥棒になりました」  鷺沢は苦しげな顔で笑った。それが唯一の救いだった。 「薬は飲んだんですよね?」 「お……おかしいんだ」 「どうしました?」 「このところ……ホルモン安定剤を飲んでいるのにフェロモンの数値が安定しなかった。だからいつもより多く飲んでいたんだが、それも効かなくなっていたんだ」 「どういうことです?」 「分からない。ヒートの時期はまだ先だ」  鷺沢は気丈に振る舞ってはいるが凄く苦しそうだ。 「緊急経口抑制剤は飲んだ。だが……効いている感じがしない」 「そうですね」  鷺沢の匂いはさっきよりも酷くなっている。ハンカチで抑えていても頭がぐらぐらするほどだ。 「公舎に戻れば緊急注射用のキットがある。それを打てば治まると思う」 「分かりました」  健人は事情を副署長に話し、所轄にある公用車に鷺沢を乗せて公舎へ向かった。その間も鷺沢のヒートは酷くなっているようだった。狭い車の中に濃密な汗の匂いと発情香が充満している。鷺沢の息遣いさえ艶めかしく、ハンドルを握る手がじっとりと濡れた。 「苦しくないですか?」 「……大丈夫だ」  バックミラーに映る鷺沢の姿を見て目の奥が熱くなる。後部座席で横になりながら白い手で喉元を押さえている姿があまりにも扇情的で理性を砕かれた。慌てて視線を逸らし、「あともう少しですから」と自分に言い聞かせるように声を掛ける。
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