【9】ヒートの行方

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 このまま鷺沢を放置して出て行くわけにはいかない。健人は熱い息を吐きながらリビングまで行き、自分の左手首に手錠を掛けた。もう一方をセントラルヒーティングの柱に掛けて床に座り込む。 「大丈夫です。俺はこのとおりここから動けません。今のうちに緊急注射用のキットを取り出して、自己注射して下さい」  聞こえているのだろうか。リビングの入口に鷺沢の気配を感じた。 「署長が落ち着くまで俺はこのままでいます」 「うっ……」  鷺沢の喘ぎ声が聞こえる。 「署長、早くして下さい」  様子がおかしい。目を真っ赤に潤ませながらこちらへ近づいてくる。 「署長、駄目です。こっちへ来ないで下さい」 「くるし……」  鷺沢は制服のジャケットをおもむろに脱ぎ、ネクタイを緩めながら健人に向かってにじり寄ってきた。その体が甘く濃密な匂いを放っているのに気づき、慌てて自分の鼻に手を当てる。どうやら、さっきの衝撃でハンカチを落としてしまったらしい。不意に喉元が締まり、脳内で白いものが弾けた。頭の中に、体の中心に、高まった熱と欲望が濁流のように駆け巡って、皮膚が獣のようにザワと総毛立った。  ドクッ……ドクッ……ドクッ……ドクッ。  血管の内側を焼きながら、沸騰した血液が心臓に押し寄せてくる。  ドクッ……ドクッ……ドクッ。  どちらの心臓の音なのかも、もう分からない。  瞳孔が開き、白銀の世界が広がる。恐怖と興奮で体が震えた。
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