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鷺沢が落ち着くまで長い時間が必要だった。
お互い涙と涎をこぼしながら苦しさに耐えた。健人は何度も鷺沢を慰め、諭し、落ち着かせて自己注射を打つように促した。鷺沢は、嫌だ嫌だと子どものように泣きながら太ももに注射を打った。そのまま数分が経過し、ようやく鷺沢の匂いが落ち着いた。健人の吐き気がするほどの興奮と衝動も治まった。
「大丈夫……ですか?」
鷺沢は肩で息をしながらまだすすり泣いている。健人が手錠の鍵を外すように頼むと大人しく従ってくれた。
ようやく左手が解放される。見ると自分の手首が真っ赤になっていた。鷺沢を抱こうとしてそれだけ暴れたのだ。手錠があってよかったと思った。
「署長、休んで下さい。緊急の抑制剤は心臓の負担にもなります」
「うっ……」
突然、鷺沢が胸に飛び込んできた。
健人は驚きながらも、鷺沢の体を受け止めた。
「ああ……苦しかったですよね。もう大丈夫ですよ」
鷺沢は答えない。健人の胸に顔を押しつけたまま小さく震えている。
「何事もなくてよかったです。あなたを傷つけなくてよかった」
「…………」
「まだ苦しいですか? どこか痛めたりしていませんか」
鷺沢が息を詰める気配があった。首を激しく左右に振っている。
「どうしたんです?」
見ると腕の中で顔を上げた鷺沢がはらはらと泣いていた。眼鏡と頬がぐしょぐしょに濡れている。泣かなくてもいいのにと思いながら、健人はそれを手のひらで優しく拭ってやった。
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