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「……み、み、みっともないところを……見せてしまった。……私は最低だ。最低の人間だ」
「そんなことないです。署長はちゃんと頑張りました。できることをしました」
「恥ずかしい……情けない……もうおまえと一緒にいられない」
「だから大丈夫ですって」
「上司で……署長で……男なのに……情けない。みっともない」
鷺沢はまだ左右に顔を振っている。健人は大丈夫だと言うように鷺沢の頭を胸に抱き入れて、その後ろを撫でた。
「自分が情けない。浅ましい。心底、嫌になる」
「ならないです。安心して下さい」
ゆっくりと毛の流れにそって指を動かす。少し撫でただけで鷺沢がこの行為に慣れていないことが分かった。けれど、人の体は緩やかな速度で撫でられると落ち着くようにできている。母猫が仔猫にするグルーミングのようなものだ。
「……すまない」
続けていると、鷺沢は聞こえないくらいの小さな声で謝った。それだけで充分だった。
二人はしばらくの間、じっとしていた。お互いの匂いと体温を感じながら、それがとても心地のいいものだと認識していた。全てがぴたりと合う。言葉は必要なかった。
確かに二人は運命の番なのだろう。
ヒートを迎えた鷺沢の匂いでそれが分かってしまった。けれど、欲望のままにお互いが欲しいわけではない。番が欲しいわけでもない。人として理解し合いたいだけだ。本能に流されるのだけは嫌なのだと、高潔な精神を持った男の目が訴えている。健人は、鷺沢の戸惑いも、これからを思う不安も、全て理解できた。
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