4003人が本棚に入れています
本棚に追加
/262ページ
「もういいです」
「……なんだ」
「署長は素直じゃないから、きっと言葉にできないでしょう。だったら、もう訊かない」
後ろから手を伸ばして鷺沢の細い腰を抱き締めた。甘えるみたいに、薄い肩にそっと顎を乗せる。上着の隙間から忍ばせた健人の右手が、男のYシャツ越しの腹筋と体温を感じていた。
「署に行く」
「あと少しだけです」
「……顔が重いな」
「あなたの愛もそれなりに重いですよ」
「鬱陶しい犬だ。あっちに行け」
「こんなに懐いちゃったんで、無理ですよ」
「黙れ」
「黙らせるのは俺の方ですよ」
「くそ犬が」
振り向かせた鷺沢に口づける。一瞬で体に力が入り、けれどすぐに抜けた。
可愛いと思う。
どれだけ抵抗しようとしても、否応なく、指の間からこぼれる蜜のように健人の体に馴染んでしまう。しっくりと溶け込み、甘くとろとろと健人の心に落ちてくる。全てを覆い尽くすかのように鷺沢の愛に包まれる。もっと馴染めばいいと思う。もっと深い場所まで落ちればいい。
どう足掻いても、何をしても逃げられなくなるまで。
好きで好きで、もうどこへも逃げられなくなるまで。
最初のコメントを投稿しよう!