【9】ヒートの行方

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「もういいです」 「……なんだ」 「署長は素直じゃないから、きっと言葉にできないでしょう。だったら、もう訊かない」  後ろから手を伸ばして鷺沢の細い腰を抱き締めた。甘えるみたいに、薄い肩にそっと顎を乗せる。上着の隙間から忍ばせた健人の右手が、男のYシャツ越しの腹筋と体温を感じていた。 「署に行く」 「あと少しだけです」 「……顔が重いな」 「あなたの愛もそれなりに重いですよ」 「鬱陶しい犬だ。あっちに行け」 「こんなに懐いちゃったんで、無理ですよ」 「黙れ」 「黙らせるのは俺の方ですよ」 「くそ犬が」  振り向かせた鷺沢に口づける。一瞬で体に力が入り、けれどすぐに抜けた。  可愛いと思う。  どれだけ抵抗しようとしても、否応なく、指の間からこぼれる蜜のように健人の体に馴染んでしまう。しっくりと溶け込み、甘くとろとろと健人の心に落ちてくる。全てを覆い尽くすかのように鷺沢の愛に包まれる。もっと馴染めばいいと思う。もっと深い場所まで落ちればいい。  どう足掻いても、何をしても逃げられなくなるまで。  好きで好きで、もうどこへも逃げられなくなるまで。
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