【8】落書きの秘密

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 ――あれ、おかしいな。  最初は自分の勘違いだと思ったが、そうではないようだ。  このところ、公舎でも署内でも健人が愛用している私物が紛失している。高価なものではない。ハンカチやボールペン、Tシャツや髪の毛のブラシなどといった些細なものだ。鷺沢に尋ねてみると、Tシャツはゴエモンがおしっこをしたせいで洗濯できず、そのまま捨てたと言われた。確かにゴエモンは綿の下着や棒状のものが好きで、よくボールペンなんかを咥えて遊んでいる。紛失の原因が猫なら仕方がないと健人は探すのを諦めた。  今朝も愛用の万年筆がなくなっていることに気づいたが、とりあえず朝食の準備をした。二人分のご飯を土鍋で炊き、ゴエモンの餌を用意する。鷺沢は新聞に目を通しながら味噌汁と焼鮭のシンプルな食事を終えた。 「悪いな。先に出る」 「定例会議の準備ですか?」 「そうだ。全ての報告事項を確認しておきたい」  鷺沢がスーツの上着を羽織りながら答える。 「議題事項は昨日のうちに整えておきました。俺も後で行きますね」 「悪いな」 「いってらっしゃい」 「ああ、行ってくる」  健人はエプロン姿のまま鷺沢を玄関まで見送った。足の傍にはゴエモンがいる。ゴエモンは鷺沢のことが大好きで朝はいつもこうやって見送りをする。しばらく会えないのが分かっているのか閉まる玄関のドアをじっと見ていた。なんとなく寂しい気分になって健人はゴエモンを抱き上げた。
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