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「……もう金なんか、払わなくていいよね。あのババアは死んじまった。殺してくれた馬鹿には感謝しかないよ。これでいつでも、まりを抱きに来れる」  まりの上で男は言った。安定した生活が崩壊する。どうしよう。金がなければ生きていけない。また怒られる、叩かれる。恐怖に身体を硬直させるまりの耳に、その時玄関先からノックの音とともにこんな声が届く。 「今野(こんの)さん、今野まりさんおられますか? 警察のものです。お話を聞かせて頂きたいのですが」    男は跳ね起きるとめちゃくちゃになりながら服を着た。靴下も履いて、まりにブラジャーを投げつけながら悲鳴のような声で小さく叫ぶ。 「いいか!? 俺はお前の男だからな! 金なんか払ったことはない! ……どころじゃなく赤の他人だ! 俺は隠れてるからさっさと応対してこい! 家には上げるなよ!? おかしなことしやがったら、ただじゃおかねえからな!!」  その夜、まりは逃げた。たったひとりで。バッグには3日分の着替えと現金。祖母が残した金はタンスの中の100万だけだった。他の金は、いつの間にか誰かが全額を引き出してしまっていた。  警察はまた来ると言った。売春を疑われている。まりは被害者かも知れないが、自発的に身体を売っていたとも言える。捕まったらどうなるのか、まりには分からなかった。 「二度と会うことはない」と言われた母親に、迷惑をかけてしまうのも嫌だった。あの時はまりが殺した。今度こそ母親に、幸せになって欲しかった。売春をしていた娘がいるだなんて知れたら、破談になってしまうかも知れない。それだけはどうしても避けたかった。  行き先は遠くの街。誰もまりを知らない都会で、今の仕事を得た。ファッションヘルス。やり慣れた、けれど妊娠の心配はない仕事。まりははっきりと自分の意志で、身体を売って生きていくと決めた。この人生が終わって、あの宇宙の片隅に漂い行くその日まで。
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