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(自分で捨ててしまわなくて、よかった)  晃司の傍で、すべてをリセットして、人生をやり直そう。生きているうちにリセットができるとは思っていなかった。  その時鼻先に潮の香りを感じて、まりの足の裏に踏んだことのない海砂の感触が蘇る。  足の指の間に詰まるようにして入り込んでくる細かい粒子。赤道直下の国だ。熱い砂の感触に靴を脱いで手で払ってしまいたくなる。けれど沈黙の車中で、急にそんなことを始めれば晃司を驚かせてしまうに違いない。  もぞもぞと左右のスニーカーを擦り合わせるまりに気付かないのか、晃司は夢見るような口調でそっと呟く。 「……もうすぐ海だよ。夜の海だからなんにも見えないけど。見えない方が怖くない。だから、俺を信用して」 「……?」  まりには意味が分からない。強くなる潮の香りに、足裏の記憶がより鮮明に蘇ってくる。  焼けた砂、生ぬるい海水。わさわさとした海藻がかかとに触れた。それと同時に、弾けんばかりの幸福感が津波のように胸に押し寄せてくる。 (あのひとが帰ってくる!)  一瞬で理解する。  そう、その人生でまりは、海の向こうに戦いに出た愛する男を待って、毎日海に佇んでいたのだ。心の中に住んでいる、まりを作るひとつの欠片が七色の輝きを放ちながら叫び始める。まり自身は感じたことのない、空が割れてそこから飛び出してしまいそうになるほどの幸福感。 (この先わたしは、死ぬまであのひととずっといっしょにいられるんだわ!)  ――幸せな気持ちのまま、まりは右隣の晃司の顔をじっと見る。晃司も、緩い笑みを浮かべてまりの顔を見遣る。まりは思う。この男は、あの日のまりが待ち続けていた人と同じ魂に違いないと。 「俺ね、全部捨ててきたんだ。まりといるために。もうなんにもない。もうなんにもいらない」  晃司は強くアクセルを踏む。視界を遮る林を抜け、フロントガラスいっぱいに輝くのは、宇宙の彼方まで広がっている満天の星空。 「まり、好きだよ。俺はまりしかいらない。まりもそう思ってくれてるって、俺、自惚れてもいいのかな」  唸りを上げるエンジン。急カーブにも速度は落ちない。片手で思い切りハンドルを切りながら、ギアから手を離し晃司の手がまりの右腕を掴む。 「ずっと一緒にいてくれるって。そう思ってもいいのかな。まりは俺ひとりのものだって、勘違いしても。俺……」 「――もちろん」
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