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高校2年の冬だった。祖母が死んだ。
まりの客だった男に殺されたのだ。祖母はまりが稼いだ金で高利貸しを始めていた。貸すだけでなく、やり手婆はまりを買う金が払えない客に、高利でツケを許しまりを売った。男はまりを買った金の利息が膨らみ、返済を迫られ祖母を殺したのだ。因果応報、という言葉がまりの胸によぎった。
まりは祖母に勧められ、私立の女子高に進んだ。ブランドの制服が可愛いお嬢様学校だ。それがまりに付加価値を付け、以前は3万円だったまりの値段は10万円に跳ね上がった。犯人はそれでもまりを買い続けた男だった。優しく、愚鈍な男。まりはほんの少し悲しく思った。祖母ではなく、その男に会えなくなることに。
葬式には母が戻った。再会の涙はなかった。最小限の儀式を済ませて斎場を立ち去る時、母は背中だけでまりを拒絶した。
「生きていく方法は教えてもらったんでしょう。ひとりで生きていきなさい。あたし結婚するの。二度と会うことは、ないわ」
久しぶりに会った母親になんの期待も抱かなかったのは、その顔に古い魂が被っていたのが見えたから。足の裏が、牢獄の冷気に湿る。
まりを産んだ母親は、まりが過去に産んだ子供だった。牢獄の中で産気づき、ひとりで産んでこの手で殺した、愛おしくも憎い憎い、自分の分身。
(結局わたしは、悪人なんだわ)
その過去を思い出してまりは思う。祖母がいなくなった家で、祖母がいた頃と同じように男に抱かれながら。
(だからおかあさんはわたしを捨てたんだ。わたしは愛されなくても当然なのよ。だってわたしはおかあさんを、この手で殺したんだから)
無実の罪で投獄された。看守の男に犯された。子を孕んでそのまま産んだ。どうせ殺される。ならば自分の手で、とまりは思ったのだ。
十月十日腹にいた存在が、愛おしくない訳がなかった。自分の分身だ。けれどその子は、半分は憎い憎いあの看守の分身でもある。
膨らみ続けるまりの腹を見て笑った。蹴られたことも一度や二度ではない。まりはこの腹の中の存在を守ろうと必死になった。憎い男の子供。北欧で氷の上を必死で逃げた時もそうだった。どんな男の子供でも、愛してしまう本能が女にはある。
だから妊娠するのが怖かった。過去に何度も経験がある。今までは祖母がピルを用意してくれた。その祖母はもう、いない。
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