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 自分が他の人間と違う感覚を持っていることに、まりが気付いたのは中学生になった頃だった。  それまで誰もがこの感覚を持っているのだと思っていたから、まりの振る舞いは周囲は困惑させた。突然足をバタつかせ理由もなく泣き続けるまりを、理解できる人間などいるはずがなかった。  未婚のまままりを産んだ母親は早々にまりを育てることを諦め、まりは母親の実家で育った。そこには祖母がひとりいるだけだったが、祖母は母よりも冷たい人間で、泣けばすぐに庭に出された。そうなるとそのまま一晩家に入れてもらえない。  だから、まりは声を出さずに泣くことを覚えた。泣いていることを気付かれないよう、細心の注意を払って涙をこぼした。  抵抗せずある程度その感情に浸れば、毒が抜けるように幻は消えていく。スイッチは足だ。足の裏に違和感が広がると、説明出来ない感情に支配されまりは冷静ではいられなくなってしまう。  子供の頃には、分からなかった。この仕組みが。なぜ急に、足が熱くなったり痛くなったりするのか。  それを理解したのは中学生になった頃だ。社会の授業で炭鉱で働く子供がいたことを知った時だった。 (あ、これ、わたしだ)  挿し絵に描かれた、狭い坑道を四つん這いになって進む子供。ごつごつとした感触が足裏に蘇り、絶望とも言える感情がまりのすべてを支配する。 (石をとらなきゃごはんがない。たたかれる。崩れて死んでもかまわないんだ。わたしの代わりなんか、いくらでもいるんだから)  その日は祖母が学校に呼ばれるほどに泣いてしまった。今までに感じてきた足裏の記憶と感情が、まりに認識されたことを理解したかのように噴出してきたのだ。  まりは焼けた鉄板の上を歩いたことも、雪の中かんじきを履いて歩いたこともあった。埃っぽい石畳の道、焼けた砂漠の砂、湿った牢獄の床、すべての感触を知っていた。その時の感情が連動してまりの中に蘇る。大体は悲しい記憶。まりは声を挙げて、泣いた。
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