ゆっくり浮き上がって来るかのように

8/9
前へ
/9ページ
次へ
 小さな声がどこからか聞こえる。アパートの周囲で猫が子供を産んだらしく、ここしばらく子猫の声が聞こえていた。だけど野良猫はすばしっこくて、声はすれども姿は見えない。  車どおりも多いので、ひかれなければいいなと思いつつ、どうすることもできないままだ。幸いアパートの住人はみんな淡泊で、誰も餌をあたえたりはしていないらしい。たまに猫のものらしい便が落ちていることがあり、それを見ると嫌だなあと思う。  「糞が落ちてるってことは、誰か近所が餌をあげてるってことだろ」  旦那は無造作に言い切った。多分そうなのだろうと思うけれど、それが誰なのか追及したところで何かが変わるわけではない。  熱がひけた直後の、ぼうっと水を漂うような空虚な感じ。  台所にたち、お湯をわかしながら、さっきまで見ていた夢を思い出した。  子供時代の古い古い記憶がよみがえっている。  あの日、借家の前に置かれていた猫の箱。  時間は流れている。はるか遠い昔の事だ。でも今、わたしは悩ましく考える。一体あの箱は、誰がうちの前に置いたのだろう、と。  段ボールに猫を入れ、マジックで決まり文句を書く。この手段は子供じみていると、大人になった今なら思う。大人なら、いくら猫が生まれて困っていても、こういう真似はするまい。  ふっと夢の中に浮かび上がった、クラスの女子たちの悪口の言い合い。  猫死んだ。     
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加