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「知ってるよ。背の高い人でしょ」
前田さん。背の高い人。
私は小さい頃よく母の職場に遊びに行っていた。
みんな可愛がってくれて、一緒に遊んでくれた。
そんな中で一際良くしてくれたのが、前田さんだった。
背の高い前田さんは、私と話すときはしゃがんで目線を合わせてくれた。
すごく優しくて、良い人。
だけれど、お父さんはお父さん。話が違う。
「着いたよ」
表札に力強く前田、と書かれている。
私はそれを見てまた、左腕をつねった。
痛みだけでは、我慢できなかった。
「帰る」
私はそれだけ言うと、走ってその場から逃げ出した。
会ったところで認めないのは分かりきっていた。
走る、走る、走る。
春の日が桜を照らしている。
結局家の鍵を持っていなかった私は母が帰ってくるまで家の前で座っていた。
その日から母が再婚の話をすることはなかった。
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