倥なるは愚かなり

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 僕はそこでもう一度首を振った。 「いや、全部言い訳だな……。結局、これも逃げているだけだ」  僕はファラを見返した。 「君は、兵器が憎いのか?」  彼女は黙って、その言葉を吟味し始めた。それから、分かりません、とだけ答える。 「分からない、とは」 「そのままの意味です――あの兵器は、民間人も、生みの親も殺したわけですから」  正義なのかが、分かりません。ファラの目がそう言っていた。彼らは可哀想です、と。一瞬彼女と目があって、無意識に身体が強張ってしまう。 「……じゃあ君は、兵器を造り出した研究者を、憎んでいるのかい?」 「いえ、むしろ、こんな風に兵器を使っておいて、彼らに申し訳なくないのか、って訊きたいです」  彼ら、という表現に僕はより一層罪悪感に押し潰されそうになった。兵器だって、感情はある――研究所を抜け出す寸前に完成しかかっていた人工知能には、感情が生まれていた。自分で成長する力を身につけていた。――あれは、今は何に使われているのだろうか。 「……きっと、辛いと思うよ」  僕は辛い、と言いたくなる。その結果がこれだ。それらの言葉を全力で嚥下し、椅子に腰かけた。 「紅茶、入れ直そうか……」 「そう、ですね」  熱湯をはったティーポッドの中にティーバッグを入れ、しばらく水面に漂わせる。茶葉の色がお湯に広がっていくのをじぃっと見ながら、ファラは何やら鼻歌を歌っていた。 「……それ、何の歌だ」 「え? ああ、歌ってましたか?」  恥ずかしい、とファラは顔を隠した。 「別に、恥ずかしいことじゃない。歌は好きだよ、こんな世界でも楽しめる数少ないものだ」  しかし、昔好きだったアーティストの新曲さえ僕は知らない。最後に流行った若者の曲さえも知らない。  本人の知らないところで勝手に作り変えられた兵器たちによって、人類の大半が滅亡すると最初から分かっていたら、あらかじめもっと娯楽を探していただろうに。そうじゃなくても、後悔したのは一回や二回どころではない。 「知らない曲でも聴きたい気分なんだ」 「……分かりましたよ」  渋々ながら、といった風にファラは背筋を伸ばし、空中で姿勢よく立った。二度咳払いしてから、恥ずかしがっていた割に堂々と歌いだした。
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