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知らない音調、知らない歌詞。
それが良かった。それで良かった。
三分ほど歌ってから、彼女は僕の表情を伺いながらどうですか、と訊いてきた。
「やっぱり、曲はもっと聴いておくべきだったって思っちゃうよ」
「あまり聴かなかったんですか?」
「ああ、仕事には関係ないし、むしろ音楽が好きな人を理解できない節もあった」
「孤高、って感じですね」
当時の自分を思い出して、自嘲する。
「そんな高尚なものじゃない。むしろひどく低俗だったよ」
何も知らなかった当時の自分は果たして幸せだったのか、あるいは全てから逃げ出した今の自分の方が幸せなのか、判断はできなかった。
ファラは相変わらず何を話しているのか分からないといった風に首を傾げていた。
「ファラは、歌が好きなんだな」
「どうしてですか?」
「歌うのが、上手いから」
「そ、そんな」
ファラは赤面して顔を背けた。
「昔聴いたから覚えているだけで――本当は、歌詞とかあまりよく分かってなくって……」
歌詞の一端にはこの国の言葉ではないフレーズが何度か登場していた。正直、僕もその意味までは分からなかったが、何か力強い響きを持っていると感じた。
「どういう意味なんだろうね」
言いながら、ティーポッドの中身を覗く。良いアールグレイの色が光った。時計の針は、もうすぐ十一時をさそうとしていた。
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