倥なるは愚かなり

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 あはは、とファラは笑った。つられて僕も笑ってしまう。――嗚呼、楽しいと心から思って笑ったのなんていつぶりだろうか。ここに居を構えるもっと前、研究室に閉じこもっていた時期もそのようなことはなかった。  どうにも、思い出せなかった。  ひとしきり笑ってから、目尻に滲み出てきた涙を拭いた。 「ファラは、どこに住んでいるの?」 「えっと、かなり遠くの方で」 「いや、それもなんだけど」  訊くのを間違えた、と僕は手を振った。 「なんでこんなところに?」 「ああ、昔読んだ雑誌で、朝日の綺麗な場所って書いてあるのを思い出して」 「まさか、わざわざ歩いて」  夜間から明け方までに、車の音などはしなかったはずである。元から閑散とした地域である。エンジン音くらいなら、例え眠っていたとしても流石に気づくだろう。 「その、まさかです」  嘘だろ、と言いたくなったが、そもそも彼女は宙に浮いた状態で移動できるのであった。恐らく、地上で移動するのと、宙で移動するのとではかける労力が大きく違うのだろう。それを察したのか、ファラが口を開いた。 「呪いと言っても悪いことばかりじゃなくてですね、浮いたまま移動もできるんですよ」 「風船みたいだ」素っ頓狂な返答が漏れてきたのは、既に人間が空中に浮いていることに対してそれ以上思考するのをやめたためだろう。 「……まずいな、あんまり人と話してないから、いまいち頭がはたらかない」  冗談だと思ったのか、ファラはまた楽しそうに笑った。 「割と本気なんだけどね」 「科学者さんでも、そういうこと言うんですね」  僕の同僚にはあまりいないよ。そう言おうとして、やめた。いけ好かない同僚だったとしても、既にこの世にいないと考えるだけで胸に穴が開くような気持ちになった。 「ファラ、呪いについて訊きたいんだけれど」 「はい、なんですか?」 「……未だに信じられない現象ではあるけれど、結局のところどれくらいの高さまで浮けるんだ?」 「そう、ですね」  ファラは一瞬逡巡するような表情を見せた。隠し事をするという風ではなく、あまり考えたことがないといった雰囲気であった。しばらく考えたのち、ファラは口を開いた。 「まぁ、高くて一メートルってところです」 「本当に、呪いなのか?」 「呪いですよ。地に足をつけられないってことは、人間じゃないんですから」
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