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「おいおい、シャレになってねーぞ……」
権平の体が震えだした。それは、寒さのせいなのか、恐怖からか。少女も異変を感じ取ったようで、普段の能天気な顔は鳴りを潜めた。
彼は、どうするべきか思案する。洞窟から逃げるか? いや、無駄だ。あのハリケーンはこの島全体をも食らいつくす規模だった。どこへ逃げても無意味だ。
権平は舌打ちする。そして、非力な自分を認識してしまった瞬間、涙が溢れてきた。自分は、生まれたときからこうなる運命だったのだ。何者からも愛されず、何も達せず。実に、つまらない人生であった。
……権平の右手を、温かいぬくもりが支配した。視線を転じる。少女が、祈りを捧げるように、彼の手を、両手で優しく包み込んでいた。
権平は、少女を強く抱きしめた。
神さんよお、俺の命なんざいくらでもくれてやる。だから、こいつだけは助けてくれ! お願いだ。お願い、します――。
少女は、権平の背中をぽんぽんと叩き、耳元で囁いた。その言葉は、いつも通りの「うー」であったが、彼にはこう聞こえた。
「大丈夫。私が守るから」
「え……?」
一瞬、抱きしめる力を弱めてしまった彼の胸元から、少女が解き放たれた。彼女は一目散に外へ向かって駆けていく。
「おい! なにやってるんだ、戻れ!」
後を追おうとした権平は、洞窟の途中で立ちすくんで動けなくなった。徐々に見えてきた外の風景を、はっきりと認識してしまったからだ。
天上まで立ち昇った薄茶色の渦が、島の木々を飲み込み、無慈悲に、そして無邪気に横断をしていた。その巨大な渦は、あと数分もしないうちに、洞窟内までをも飲み込むのであろう。
少女は、洞窟入口にまでたどり着くと、立ち止まり、振り返った。暴風が小柄な彼女をさらおうと叩きつけているのだが、なぜか彼女は微動だにしない。
少女は胸元で小さく手を振り、笑顔を浮かべた。そして、ハリケーンへ向かって走り出した。
「!!」
権平は声にならない声をあげたが、彼女の意思は固かった。彼女はハリケーンに飲み込まれたかのように見えた。だが。
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