漂流

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 燦燦と降り注ぐ太陽の光が、彼の意識を覚醒させた。男、権平邦彦(ごんだいらくにひこ)はうつ伏せの体勢から、むくりと起きて、その場に胡坐をかいた。口の中は海水をたくさん飲み込んでしまったため、渇ききっていた。同時に、下腹部に鈍痛が走った。彼は顔をしかめる。体調は最悪だ。  権平が周りを見渡すと、後方には真っ青な海が広がっており、規則的に打ち寄せては引いていく波があった。穏やかな潮流であったが、これ以上体が濡れるのはごめんだ、と彼は思い、鈍重な体に鞭をうち、立ち上がって距離をとった。一歩、二歩歩くと、じっとり湿っている靴下と靴越しにでも、足全体に、黄金色の砂に沈みゆく感触が伝わる。砂浜には、空き缶やビンなどのごみは一切見当たらず、高級リゾート地の清潔感を彷彿とさせた。反面、前方には権平の身長の五倍はあろうかという木々が密集している地帯が広がっていた。太陽の光線が遮断されているであろう植生の中に足を踏み入れれば、たちまち遭難してしまうのは明白であった。 「さあて、ここにいても埒が明かん。かといって、目の前のいけ好かねえ森林に特攻するのも気が引けるなあ」  権平は嘆息しながら独り言を言うと、金髪で角刈りの頭を掻きむしった。その後、気分を静めるために、紫と赤を主色とした趣味の悪いワイシャツの襟をつかみ、ぱたぱたと扇いだ。 「が、行くしかねーべよ」  権平は、覚悟を決めて、薄暗い森林の中に進んでいく。  ――二〇二三年八月十五日。日本から深夜未明に、インドネシアへ向けて出航した小型貨物船は、フィリピン海で突如発生した未曾有のハリケーンに巻き込まれ、転覆した。海外逃亡のため、船の貨物室に潜んで乗っていた権平はそれに巻き込まれ、海の藻屑と消えた……はずだった。  が、奇跡的にも彼は生き延び、名も知れぬ島へ流れ着いた。何度も修羅場をくぐり抜けてきた、悪運の強い権平らしい結果となった。  そんな悪運の強い彼の未来がどうなるかは、移動する雲の軌道以上に読めないのである。
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