漂流

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 夢。夢を見ている。その夢の中では、権平の一生を断片的に、映画のワンシーンのように映し出していた。物心がつき始めたころ、自分の両親が世間一般的に言う『クズ』であると自覚した。父親は酒とパチンコに溺れ、母親は、父親が家にいない時間を見計らって、若い男を連れ込み、いいこと(・・・・)をしていた。権平一家は安アパートの一室で暮らしていたため、その光景は嫌でも目に付くこととなった。やがて、間男と逢引きしていたことがばれた母親は父親からひどいDVを受け、逃げるように権平の元から去っていった。母親との最後の会話はなんであったか。「お前なんか、邪魔だから生まなければ良かった」だったか。会話でもなんでもない。  中学の卒業を待たず、権平は住んでいた広島から上京した。父親がどうなったかは分からない。別に、奴がどこで野垂れ死のうと構わないと思ったので、それはどうでもいい。東京にでてきた権平は、ある暴力団事務所に所属した。彼の仕事は主に、借金の取り立てや、風俗店の管理という、この世界においては実にシンプルなものであった。権平は、この世の全ての邪悪を背負ったかのような顔をしていたので、そのことは働く上で役に立った。が、そんな彼に転機が訪れる。権平が三十歳を迎えた年の八月一日。彼は、事務所の金庫の金に、手を付けた。なぜ、そんなことをしたかだが、別に大層な理由はない。ただ、魔が差しただけだ。どうせばれないと高を括っていたが、案外暴力団っていうのはしっかりしているもので、普通にばれた。そして、誰がやったのかも特定された。  そこからは逃亡の日々であった。捕まったら、指を詰められるか、東京湾にでも沈められるかは明白であったので、日本中を逃げ回った。しかし、そんなことをしていても、いつかは捕まると思った権平は、国外逃亡を決意する。神戸の港から出港する貨物船に忍び込んだ彼は、ほくそ笑み、海外での暮らしを夢想した。  ――そして、ハリケーンに巻き込まれた。海に放り出された権平は、暗く、冷たい海の底に沈んでいき、そこで命は途絶えた。
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