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「おじさんさあ、ちょっと漂流して遭難しちゃってー。助けて欲しいんだあ。君の暮らしているところに案内してくれない?」
到底、日本語など通じるような風貌を相手はしていないにも関わらず、それに気づかない彼は捲くし立てる。当然、少女の頭には、大きなはてなが浮かんでいた。
権平は、反応がないのを距離が遠すぎて自分の声が届いていないせいでは、と勘違いしていた。なので、数歩近づく。
次の瞬間、少女は脱兎の如く逃げて、距離をとった。彼が近づいては、少女が逃げ……。
二人はそれを、数回繰り返した。
――権平の堪忍袋の緒が切れた。
「あー! てめえ、逃げるな、ガキ!」
一向に縮まらない距離に苛つき、咆哮した。彼は、どうしたものか考えたが、貧困な頭は深く思考することを拒絶した。……そして。
「ちちちちちちち」
あろうことか、権平はしゃがみ込み、人差し指を突き出し、素早く左右に動かした。警戒心を強めている猫を呼び寄せようとする、お決まりの挙動である。当然、そんなことで少女が近寄るはずもないと思われたが――。
「う、う、う」
彼女は忍び足で近づいてきた。そして、彼の動かしている指に目を奪われている。指の動きに、少女の頭の動きが追従していた。
権平はにやりと口元を歪ませ、交渉に入るため話しかけた。
「お嬢ちゃん、おじさんと仲良くしよう!」
再び営業スマイルを直視してしまった少女は、ロケットダッシュで逃げ出した。物覚えが悪い彼も、ようやく学んだようだ。このスマイルは封印しよう、と。
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