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侑紀
ショーウィンドウの向こうを歩く人影も少ない、夜の表通り。ライトを半分消して、音楽も止めて、さてコーヒーでも飲んでから残りの作業をしようかなんて思っていた。
入り口前のスポットライトから伸びる影が、ふと目の端に入る。顔を上げると細長い男の姿があり、二つの瞳がまっすぐにこちらを見ているのに、少し迷ってから内鍵を開けた。
こちらの第一声を制するように、男が口を開く。
「もう閉店だよね」
いや、正確には、口を開いたのを実際に見たわけではない。わずかに動いた白いマスクの下から、くぐもった声を聞いたのだ。
「構いませんよ、どうぞ」
営業スマイルには興味がないといったふうに、ふいっと目を伏せて横をすり抜ける。その均整のとれた美しい後姿に、葉(よう)はお決まりのフレーズを投げかけた。
「何をご用意しましょうか?」
「ローファー……この服に合うような」
ゆるいシルエットのカットソーに、きれいにプレスされたアンクルパンツ。足元はスニーカーだが、確かにスマートなローファーもよく似合うだろう。
「かしこまりました。店内ご覧になりますか?」
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