次男・夏輝②★

1/10
1791人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ

次男・夏輝②★

秋宏くんが美大に行く話は、夏輝に聞いた。 やっと両親が認めてくれたとか、やっと春彦さんと秋宏くんが和解したとか、すごく嬉しそうに話してくれて。合格通知が来た時なんて、仕込み中の材料そっちのけで厨房から飛び出してきて、タックルする勢いで秋宏くんを抱き締めていた。何だかんだ、兄弟のことが大好きみたいだ。 秋宏くんの引越しの日、兄弟総出で手伝いに行って、旅館は少しだけ忙しかった。春彦さんと夏輝が抜けた穴は大きかったみたい。 その日の夜、帰って来た春彦さんに「夏輝と冬真は秋宏の家に泊まるらしい」って聞いた時は、胸が少しだけ騒ついた。夏輝は次の日も休みだったし、泊まってくることには何ら問題は無いけれど。 私に、家族は居ない。 幼い頃に、両親を事故で亡くしている。高校を卒業するまでは、施設で育った。 夏輝が家族を大切にしているのは良いことだし、私がとやかく言う立場では無いけど。ただ、単純に羨ましかった。そうやって、家族で何かを分かち合って、笑い合えることが。 付き合ってから、私はほとんどの日を夏輝の部屋で過ごしていた。それを分かって、彼は秋宏くんの家に泊まった。しかも、自分で連絡はくれなかった。 夏輝からすれば、春彦さんに伝えてもらったら良い、くらいの軽いことだったのかもしれないけど、私にはそう思えなかった。 極端な話だけど、もし私と家族が同時に危機に(ひん)したら。きっと彼は間違いなく家族を助けに行くんだろうなって。私には、そんな風に思ってくれる家族なんて居ないのに。 そんなくだらないことを考えてしまって、不安で押し潰されそうになってしまったのだ。 だから、彼が部屋を訪ねて来た夜。もうそこまで出かかっていた。 もう、私に構わなくて良いよ、って。 妊娠してたら、どんなに幸せだっただろう。だって、無理やりにでも彼と家族になれるんだから。 とにかく怖かった。また、大切な人を失うのが。だから、考えてしまったのだ。いつか彼を失って独りぼっちになって、両親を失った時のような喪失感を味わうのなら、早めにこちらから別れを告げた方が良いんじゃないか、って。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!