代わり映えしない、愛しき日々に

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 最近あんまり見かける機会の減ったくずかごに向かって投げ入れた缶は、最近稀に見るくらいうまい具合の放物線を描いてカラン、と小気味のいい音を立ててくずかごに吸い込まれていく。  ……さすがにひとりで「ナイシュー」とか言ったら寂しすぎるから、その場は黙って通り過ぎる。  その頃には、さっき飲んだ190mlのコーヒーがくれる程度の温もりはもうわたしから離れてしまっている。じんわりとした名残があるだけ、もしかしたら生きている温もりよりはマシなのかも知れないけど。  思い出ばっかり残されても、ちょっとね。  なんか、余計なことを考えてしまったら、身体だけじゃなくて心までちょっと冷えてしまった。またなにか温もりチャージしようかな。といっても、もうコーヒーとかはお腹いっぱいだから入らないけど。  だから、足を向けたのはすぐ近くのシャッター商店街。  昼間でもシャッターばかりが目に入る商店街も、昔はだいぶ賑わっていたらしい。わたしが物心ついた頃には既に寂しげな、半ば廃墟って言える状態になってしまっていたこの商店街がまだ残っているのは、単に予算の問題らしい。  駅前の開発の方に力を入れている自治体の方針の結果として残っているこの商店街は、夜中になると近くの若者がひっそりと集まったりしている。もちろんそこの輪に交ざりたいとかそういうんじゃなくて、ただ遠巻きに見てみようということ。  なんというか、そろそろ30歳が見えてくるような年齢になってくると、若い人が近くにいるだけで元気を貰えるような気がするというか、なんとなくだけど、ちょっとは自分も若返りそうな気がする。  だからそんな風に、ちょっとした観劇者ポジションの気持ちで商店街にやってきたときだった。 「あれ、(かえで)姉ちゃん?」  いきなり声をかけられてしまった。
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