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海の少女
毎日のように訪れているその場所に、知らない少女がいた。指定席を盗られたみたいで気分が悪い。とはいえ、その場所の所有権を主張出来るわけもない。しかし、他に行く所もないから、何となく離れた所をぶらぶら歩いていたら、少女がこっちを振り向いた。
「陸から見る海も、悪くないわね」
少女は、海のように、青い目をしていた。
「海、好き?」
「?」
「君、よくここから、海を見てるよね?」
何で知っているんだ?確かに、よくここに来ていた。学校も、家も、糞みたいな所だ。何もないこの田舎から逃げたくて、海の向こうに憧れを抱いていた。
「こっちに、来ない?」
少女は、そう言って、手を差し出した。
こっちとは、何処のことなのだろう?どんな所でも、こんな糞みたいな田舎よりは、いい所かもしれない。だけど…
「行かない」
「何で?」
「君には関係ないだろ」
いつか必ず、この糞田舎から出て行ってやる。そう思って、海の向こうを見ていた。だけど、それは今じゃない。
それに、この少女からは、獲体の知れない何かを感じる。
「そう。残念…」
強い風が吹いた。
海風になびく赤い髪に、海の青が透けて、とても綺麗だった。まるで、この世のものとは思えない程に。
「じゃあ、気が変わったら、来てね」
さらに、強い風が吹いた。潮風で目がしみて、思わず目を閉じた。再び目を開くと、少女は消えていた。
まさか海に落ちたのかと思い、駆け寄って下を覗くが、波は穏やかで、人が落ちた様子もない。
じゃあ、少女は何処に?
しばらく海面を眺めていて、おかしなことに気が付いた。
海が穏やかすぎる。
ゆらゆらと揺れる海面は、小さな波すらない。それどころか、徐々に海面が凪いでいき、揺らぎ1つ無くなった。気味の悪さを感じながらも、何故か身動き出来ずに海面を見ていると、何処からか、さっきの少女の声が聞こえてきた。
「こっちに来ない?こっちは、いい所よ。」
気のせいでなければ、声は下から、海の中からした。
「お……俺が…行きたいのは、……海の、向こう…」
俺は、絞り出すように、それでも、はっきりと言った。
「だから……行かない…」
「そう……残念…」
その途端、大きな波が打ち寄せて、俺は、頭からずぶ濡れになってしまった。
「もし気が変わったら、いつでも言ってね」
楽しそうな少女の声は、次第に遠ざかって行った。
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