第1章

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 昼前から降り出した雨は夕方、みぞれに変わった。足元でびしゃびしゃと音を立てるみぞれに濡れ、濡れた指先は冷たくなっている。吐く息は白く、傘を持つ手はかじかんで赤くなっている。  少しでも早く温まろうと家路を目指すも、単身者向けの賃貸マンションに待っていてくれる人はいない。家に帰ったら自分でエアコンを入れて部屋を暖めなければならない。 「さ、寒い……」  加奈子はかじかむ手でバッグの中から部屋の鍵を取り出すも、冷たくなった指先に力が入らず、鍵穴に触れたところで鍵を落としてしまう。小さく舌打ちをして鍵を拾う。  今日はついていない。  定時退社直前に上司に仕事を頼まれて残業。頼まれた仕事を届けに行けば、上司はとっくに退社済。おそらく休み明けに「残業してまで仕事片付けてって意味じゃなかったのに」と言い訳されるのは目に見える。折りたたみ傘を持って行くのを忘れ、コンビニでビニール傘を買う予想外の出費が発生した。 「家に帰れば誰も私の心の平穏を邪魔する人はいないし」  明日は土曜、休日だ。部屋を温かくしてコーヒーを淹れ、ゆっくりと過ごす。一緒に過ごす彼がいれば、そのぬくもりを感じることができるのかもしれない。ただ残念なことに現在、加奈子に付き合っている彼はいない。三年前に転勤が決まって別れた元カレは去年、転勤先の同僚と結婚したと風の噂で聞いた。  イヤホンで音楽を言いていた加奈子は、開錠する手ごたえを感じて部屋の中に入る。  あれ? エアコンを使っていたにおい……?  ドアを開けると室内にエアコンを使用した後のようなにおいが残っているような気がしたものの、加奈子は一人暮らしだ。誰も使っているはずもなければ、エアコンを消し忘れた覚えもない。  換気をしていなかったから朝に使っていたエアコンのにおいが残っているのだろうと納得して、鍵を閉めチェーンをかける。靴を脱げば後は狭いワンルームの部屋だ。数歩歩いて壁にセットしてあるエアコンのリモコンを押し、エアコンを作動させる。イヤホンを外しながら何の気なしにリモコンを見て目を見開く。  室温十八度!? 外はみぞれなのに、こんなに室温が高いはおかしくない? 誰もいなかったのに。
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