第1章

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 首を傾げて部屋を見渡すもおかしな点は特に見当たらない。ルーティンとしてテレビをつけようとして、テレビの主電源がついたままであることに気付く。今朝は遅刻しそうでドタバタしていたから、テレビのコンセントを抜き忘れたか。まぁいいやとテレビをつけ、テーブルのテレビが見える定位置に腰を下ろす。テーブルの上には相変わらず、公共料金の明細やダイレクトメールが散乱している。  テレビで局アナが伝える天気予報では、東京は明日も雨だ。テレビのコンセントをさしたまま出かけたりと、今日の私は疲れている。これは明日はゆっくりと休めということだ。  エアコンの稼働音が響き、徐々に部屋があったまってくる。指先も冷たさから解放されたところでバッグの中からスマホを取り出そうとし、急に視線を感じる。テレビの向かい、寝ながらでもテレビが見えるように配置したパイプベッドの方からだ。ベッドの上は毛布がきちんとたたまれている。  問題はその下だ。パイプベッドの下は誇りがたまるのが嫌で、何も置いていない。置いていないはずのに、今は何か黒い物体がある。それが息を殺して、加奈子を見ている。加奈子が住んでいる部屋はペット禁止だし、大家に黙ってペットを飼っていることもない。それには目が二つあり、サイズも犬猫のものではない。おそらく加奈子より大きい生き物だ。  思えば床に敷いている電気カーペットにもぬくもりがある。つい先ほどまで誰かがここに座って、空調のきいた室内でテレビを見ていたとしたら……。  加奈子は恐る恐る、ベッドの方に顔を向ける。  はぁはぁと荒い息を吐き、足をもつれさせるようにして走って行く男がいる。みぞれの中を走り、ジーンズに泥が跳ねるのも構わずビニール傘片手に必死に走っている。人からどう見られているかを気にする余裕は、男には全くなかった。  夜のとばりの中をとにかく走り、走って電車に乗った。帰宅ラッシュの時間帯、男が向かう都心方面の電車は空いていた。男は人がほとんどいない最後尾車両に乗り込み、腰を下ろすと息が落ち着くのを待つ。傘をそばの手すりにかると、両手をジーンズの上に置く。  その手から伝わるぬくもりは男のものと女のものだ。テーブルの上にあったダイレクトメールの名字は見えなかったが、加奈子様と印刷されていた。あれはおそらく加奈子だ。
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