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警察署の一室においてのことだ。
「あなたよ、あなたのせいよ! あなたの性格を受け継いでしまったのよ、ツグオは」
道子の怒声が廊下にまで響き渡り、忙しげに行き交う職員たちの足を止めさせた。何ごとかと部屋を飛び出す者までいて、事の次第が分かるまで騒然となった。苦笑いをしつつ部屋を出てきた老刑事の「痴話喧嘩ですよ、単なる」という説明に、やっとそれぞれに平静が戻った。
「あなたの偏執な愛情が、ツグオにもあるのよ。鈴木ほのかさんという初恋の女性(ひと)が忘れられなくて、娘にほのかなんて名前を付けたんでしょ! 三十年よ、三十年。想い続けているんでしょ!」
道子のそんな悲痛な叫びも、孝男にはまるで理解できない。道子の射るような視線の中に激しい憎悪の炎が燃えているのだが、孝男にはまるで見えていない。ワッと泣き崩れる道子に対し、どんな言葉をかければ良いのか、またどんな態度を取れば良いのか、孝男は立ちすくんだままだった。警察官たちの視線が、孝男に鋭く突き刺さってくる。
(なんなんだ、これは。なんでこの私が非難されなきゃならんのだ。不始末をしでかしたのは息子だろうが。子どもの躾は、母親の仕事だろうに)と、長椅子に突っ伏して泣いている道子が疎ましく思えてきた。
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