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「お前はだめな奴だ」が口癖の父親が、仕事一筋だと思っていた父親が、警察署に飛んできた。信じられぬ思いの次男だった。今さら父親面されてもな、と腹立たしさを感じつつも、嬉しさもまた感じた。
「母さん。ほのかはどうしてる。まだあそこなの? あいつ頑固だから、まだ頑張るつもりかな」
明るく話す次男に、孝男の怒りが爆発した。
「いい加減にしろ! お前はどれだけ迷惑をかければ気が済むんだ。こんなことが、警察沙汰になったことが銀行にでも知れてみろ、たちまちお父さんは閑職に追いやられてしまう。いや、解雇だってありうるんだ」
青筋を立てて怒る孝男だった。しかし声を押し殺して周囲に聞かれぬようにする様を、次男は楽しむかのように嘲笑している。
「で、道子。ほのかはどうなんだ」
「どうということはありませんよ。ちょっとした誤解が元のことですから」
なおも問い質そうとする孝男に
「ボケ老人の、ちょっとしたイタズラですって。度が過ぎただけのことなんですよ」
と、大したことはないと強調する道子だが、次男が激しく噛み付いた。
「じょうだんじゃねえ! あいつは、ほのかを泣かせたんだ。許せねえ。今度やったら、殺してやる。ぜってえ殺してやる」
次男の据わった目は、激しい殺意にも似た色を秘めている。
「ちょっと待ちなさい。イタズラとは、どういうことだ。ほのかはどうしているんだ。警察に居ると聞いて飛んできたんだぞ」
「まあまあ、それはとんだ誤解でしたわね」
素知らぬ顔で、道子は受け流す。次男が警察にといっても、孝男が来ることはない。しかしほのかが居るとなれば、何を置いても駆けつける孝男だと知る道子だ。ひと言「ほのかが泣いています」と漏らした言葉で、孝男は飛んできた。
人通りの多い往来では大きい声を出すことも出来ず、また道子を叱責することもできない。イラつく孝男は、唇を真一文字に結んでタクシーに乗り込んだ。
分かってはいることだったが裏切られたという思いがわき上がった次男は、踵を返して脱兎のごとくに走り去った。慌てて引き止めようとする道子に「ほっておけ、あんな奴のことは。それより、ほのかだ」と、車内に引き込んだ。
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