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氷の華
少なくとも私にとっては、凍えるように寒い夏だった。
六月も半ばの今日。街路樹のセミ達が大声で喚く。
鋭い日差しの中、シャツを汗だくにしたサラリーマンが、早足で私を追い越していく。
そんな中。
私だけが、マフラーと手袋をつけて、分厚いブレザーを着込んでいる。
「今日も寒いなぁ」
そう口走った私。すれ違いざまに半袖のOLがギョッとして私を振り返る。そして背後で転ぶ物音。前を見て歩かないと危ないのに。
この街は本当に人が多い。引っ越す前は田舎だったから、新鮮だった。
けど、人が多いところは、変な人も多い。
例えば今、私の前に立った軽薄そうな男の人。スーツ姿ではあるけど、
「キミ、変わった格好してるけど可愛いね。肌も白いし、背も高いし――目つきはちょっと悪いけど――ねえ、アイドルに興味ない?」
朝からご苦労さまです。でも言葉を選べないならキャッチに向いてないと思います。
「興味ありません」
私はその脇を抜ける。
しかし彼は、諦めが悪かった。私に手を伸ばして、手首を掴んでくる。
“袖がまくれて、肌が露わになってる手首”をだ。
あ、と。止める間もなかった。
彼の悲鳴。
彼は私から手を離すと、その手を抱え込むようにしゃがみ込んだ。
その表情は、痛みと困惑で脂汗に濡れている。
「だ、大丈夫ですよ、ただの凍傷ですから」
そう教えると、彼は弾かれたように顔を上げる。
「ほら、ドライアイスに触ったときと、同じで……」
私を見る目は――得体の知れないモノ、恐ろしいモノを見るそれ。
また、この目か。
嫌だな。とても、嫌な気持ちになる。
私は会釈をしてから、その場から逃げだした。
今日も、寒い。
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