9人が本棚に入れています
本棚に追加
あ。と思ったときには遅くて、子猫はアキの手から零れ落ちる。
猫は上手く足から着地してくれたけど、怯えた目で私を見上げた。そしてダンボール箱へと逃げていく。
――とても、嫌な気分だ。自分の気持ちに余裕がないのがわかる。今の猫のことだけが原因じゃない。
頭の中がこんがらがって、世界が黒く塗りつぶされて見える。理由もなく息が乱れて、心臓が痛く高鳴る。
「ごめん、涼華ちゃん」
アキは謝ってきた。本当に申し訳なさそうに。でもそれが無性に腹が立つ。今のは私が悪いだろう。子猫に手をあげるなんて最低だ。どうして私を責めないんだ。アキの言葉や態度が薄っぺらいものに見えてしまう。
黒い気持ちが、突き上がる。
「だから、やめてって……私に関わらないでって、言ってるじゃない。あんたのことは嫌いだって。みんな嫌いだって!」
膨れ上がる感情。歯を食いしばる。握った手が震える。
「自分の思うままに他人を振り回すのは楽しい? 付き合わされるこっちはたまったもんじゃないのよ! なんの気まぐれで私に関わってくるのかは知らないけど、いい迷惑だわ!」
アキはハッと顔を上げて、何かを言おうとして――しかし、その前に私は、子猫の箱を指さして、喚く。
「あの子猫にしたってそう! 飼えもしない癖に半端に関わって、あの子の未来を考えたことある? あんたが飽きて来なくなったとしても、あの子は餓死するまであんたを待ち続けるのよ!」
「それは――」
アキは喉を鳴らして、俯いた。噛み潰したような声をだす。
「猫のことは、無責任だったかもしれない。でも――」
そしてまっすぐ、私の目を見る。
「涼華ちゃんとは、本当に仲良くしたいって思ってる」
「意味わかんない」
「わかんなくても、真剣だから。私、嘘とか苦手だし」
嗚呼――嫌だ、とてつもなく、嫌だ。
半端じゃない。嘘じゃない。本当に。真剣だ。
それらの言葉がどれだけ薄くて無意味なものか、私はよく知ってる。言うだけなら容易いのだ。
そして――それが分かっているのに、
“もしかしたら今度こそ”と。
期待している自分が、何よりも嫌だった。
「じゃあ……証明して見せてよ」
私は右の手袋を脱ぎ捨てると、アキに手を差し出した。
最初のコメントを投稿しよう!