距離感

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 あ。と思ったときには遅くて、子猫はアキの手から零れ落ちる。  猫は上手く足から着地してくれたけど、怯えた目で私を見上げた。そしてダンボール箱へと逃げていく。  ――とても、嫌な気分だ。自分の気持ちに余裕がないのがわかる。今の猫のことだけが原因じゃない。  頭の中がこんがらがって、世界が黒く塗りつぶされて見える。理由もなく息が乱れて、心臓が痛く高鳴る。 「ごめん、涼華ちゃん」  アキは謝ってきた。本当に申し訳なさそうに。でもそれが無性に腹が立つ。今のは私が悪いだろう。子猫に手をあげるなんて最低だ。どうして私を責めないんだ。アキの言葉や態度が薄っぺらいものに見えてしまう。  黒い気持ちが、突き上がる。 「だから、やめてって……私に関わらないでって、言ってるじゃない。あんたのことは嫌いだって。みんな嫌いだって!」  膨れ上がる感情。歯を食いしばる。握った手が震える。 「自分の思うままに他人を振り回すのは楽しい? 付き合わされるこっちはたまったもんじゃないのよ! なんの気まぐれで私に関わってくるのかは知らないけど、いい迷惑だわ!」  アキはハッと顔を上げて、何かを言おうとして――しかし、その前に私は、子猫の箱を指さして、喚く。 「あの子猫にしたってそう! 飼えもしない癖に半端に関わって、あの子の未来を考えたことある? あんたが飽きて来なくなったとしても、あの子は餓死するまであんたを待ち続けるのよ!」 「それは――」  アキは喉を鳴らして、俯いた。噛み潰したような声をだす。 「猫のことは、無責任だったかもしれない。でも――」  そしてまっすぐ、私の目を見る。 「涼華ちゃんとは、本当に仲良くしたいって思ってる」 「意味わかんない」 「わかんなくても、真剣だから。私、嘘とか苦手だし」  嗚呼――嫌だ、とてつもなく、嫌だ。  半端じゃない。嘘じゃない。本当に。真剣だ。  それらの言葉がどれだけ薄くて無意味なものか、私はよく知ってる。言うだけなら容易いのだ。  そして――それが分かっているのに、  “もしかしたら今度こそ”と。  期待している自分が、何よりも嫌だった。 「じゃあ……証明して見せてよ」  私は右の手袋を脱ぎ捨てると、アキに手を差し出した。
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