第1章

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 この仕事は、どちらかというと保険のお金の支払いをしないようにする業務だ。いや、違う。きちんと支払いはする。それは契約書に従って、支払いをするかどうかを判断する。  いくらがん保険に入っていていても、保険の種類の中には全部のがんに適応しない保険もある。  保険を加入している人も、この契約書を読んでいる人は意外と多くない。  私は困っている人を助けたくて保険会社に入社したのに、困っている人がいても契約内容によってはお金の支払いができないと宣告することもあったのだ。  私は心を痛めながらも、支払いできないと宣告する。入社してから何回も何回もそんなことがあった。仕方いことだ。契約書の通りに私は従っているのだから。  私は次第に感情を捨てた。何も考えず、ただ契約書の通りに私は判断する。私はまるで精密機械のごとく動くだけだ。  そして今日、またしても契約範囲以外の案件が来た。  「なんで保険金が下りないんだ」  怒鳴りつけてくるは、50代半ばで小太りの男性だ。怒鳴ってくる奴に限って保険契約書を読んでなかったり、紛失していたりする。  「これが、あなた様の保険契約書の控えです」    私は機械的にそう言うと、契約書のある文章を指さした。「この契約書には、全焼のみ保険が下りる契約です。今回のお客様の火事は半焼です」  「半焼でも消火のために家中が水浸しだ。これじゃあ、家に住めないだろ」  小太りの男は顔を真っ赤にして怒鳴ってきている。  「しかし契約の段階で全焼のみの支払いになってますので」  「じゃあ、家が全部燃えれば保険が下りるのかよ。だったら、これから俺が自分の家に火をつけてやる。そうすればいいんだろ?」  「そんなことをすれば、あなたは放火で捕まりますよ」  私は無機質な声で答えた。  「聞いてくれよ。燃えた部屋は居間で、そこに全財産置いてたんだよ。銀行にお金預けず、居間の箪笥にお金隠してたんだよ。その部屋が燃えて、俺は一文無しなんだよ。助けてくれよ」  先ほどまで怒っていた男が、今度は泣き落としだ。まあ、みんな同じような手を使ってくる。  「居間に全財産置いていたという証拠は何もありません。仮に、あったとしても私どもの会社が保証することはありません」  私がそう告げると、男は泣き崩れた。そして、しばらくの間うずくまっていた。  
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