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㉖勢い増す警護と扶久姫への想い By義鷹
『私など居候の身でこんなにまでして頂くのは気が引けています』
姫君は私にそう言った。
居候などと!
姫は…扶久子殿は我が右大臣家に取って大事な御客様だ! 居候だなどととんでもない事だ。
しかし、扶久姫の側仕えである亜里沙殿の言葉に、これまでの扶久姫の謙虚過ぎる言葉の数々に納得した。
なさぬ仲の母君からお小さい頃から、お前は醜く外に出すのも恥ずかしい見目だと言われて育ったのだと!何という悲劇だろう。 あれほどの美しさでありながら…。
朱鷺羽神社の落雷の折、初めて姫に出会った瞬間、私は天女に出会ったのかと目を疑ったほどだと言うのに…。
私のように真実、醜い訳ではないのに!
はっ!それでだろうか?
姫が私に優しいのは…。
自分を醜いと思いこんでいる姫は、同じように
(いや、決して同じではないが)
醜い私に同情しているのか!
それか!それに違いない。
しかし、純粋で優しく悪意がない姫君の無邪気な私への好意の言葉は本当に辛いものがある。
いや、もちろん嬉しいのは嬉しいのだが
父からもくれぐれも勘違いするなと言われたばかりだというのに。
「わ…私は元々、心から義鷹様のこと頼りに思っています。義鷹様ほど優しくて男らしくて素敵な方など私は今まで見たこともないのです!そんな義鷹様が私の為に寝ずの番などして体を壊してはと心配なのです」
姫はこんな言葉を私に下さったのだ。
まるで告白のようなこの言葉に私の心中は穏やかでいられる筈も無くまるで嵐の中に放たれた紙風船の如き有様だ。
もう、勘違いしても誰も私を責められないのではなかろうか…等と思ったりしてしまう。
落ち着け!自分!
「わ、私のことならご心配には及びません。自慢じゃありませんが頑丈なのだけが取り柄なのですから」
「で、でも、少しくらいは眠らないと…そうだっ!義鷹様、ここに寝床をしつらえますからどうぞ、ここにお休みになって下さい!」
「「えっ!?」」
我が耳を疑った!
側仕えの亜理砂殿も驚いておられるようだ!
な、な、ななな何を!
いや、聞き間違いだ!
いや、でも、亜理砂殿も驚いていたし!
「姫様!はしたのうございます!」
「えっ?亜里沙、何故?」
姫君は亜里沙殿に尋ねていた。
御簾越しではあるがきょとんとされているのが声の様子でわかる。
「姫様、今のお言葉は、他の者が聞いていたら姫が義鷹様を誘惑しているとしか取られないお言葉ですよ」
「えっっ!そ、そんな!ちがっ…義鷹様っ誤解です!」
…姫君は本当に純粋無垢な童のような方だ。
ここ(姫君の部屋)で眠る…即ち私と夜を共にし、契る事だと思い至る事もなく唯々、私の身を案じて出た言葉なのだろうとは、分かるが…。
これは…いけない。
私は赤くなる顔をかくすように片手で口元を覆った。
仮に私以外の男がこんな言葉をこの美しくもいとけない姫に言われたら喜々として襲い掛かるに違いない。
自らが相応しくないとわきまえた自分ですら、心が揺れるのだ。 (一瞬だが、本当に誘われたのかと勘違いしそうになってしまった。亜里沙殿がいなければ危なかったかもしれない)
ましてや凛麗の君のような遊び人にかかればたちまち純潔を奪われてしまうだろう。
な、なんて恐ろしい。
姫君の心配は嬉しいが、やはり睡眠などとっている場合ではない! 少なくとも夜は!
自慢ではないが祖父から鍛え上げられたこの体!睡眠など昼間に数時間眠れば十分だ!
姫を狙う不埒者は凛麗の君だろうが誰であろうが阻んで見せる。
しかし、あの名うての遊び人、凛麗の君の情報網はあなどれない。
もしかしたら、既に扶久姫の絵姿など手に入れているかもとさえ危ぶまれる。
正直、御簾越しなどではなく、そのお姿をお側で見守りたいのはやまやまだが…。
それでは今度、自分の理性との戦いになりそうだ。 姫君は次から次へと私を勘違いさせるような優しい甘い言葉を囁かれるのだから…。
凛麗の君…。
いくらあの方でもこの警護をかいくぐって姫の寝所に忍び込めはしまいとは思うが、用心せねば…。
あの方(凛麗の君)が、姫に興味を示してしまったと分かったあの日、私はその日の仕事をさっさと終わらせ母の元へ走り、姫君の寝所の警備させてほしいと願い出た。
無論、母上も、もの凄い形相で姫を何が何でも守るのだと私を応援して下さった。
自分も姫君の部屋で宿直をすると言いだしたくらいだが、それでは姫君が気を使うし何より、そこまでする訳を話さなければならなくなる。 むやみに怯えさせたくはない。
いや、それより何より、あの美しい凛麗の君を見て扶久姫が恋に落ちてしまったら…。 くっ…嫌だ!考えたくもない!
あんな浮気者の凛麗の君と幸せになれる筈もない! 駄目だ駄目だ!絶対に駄目だ!
そして私は思った。
では一体、自分以外の誰ならば託せるというのか? ああ、私はなんと浅ましい考えを…。
自分が子の手で姫を幸せにしたい等と…。
私などを恋人にしてほしい等と願えば、いくら優しい姫君でも困るに決まっているのに…。
この時、自分は姿ばかりか心まで醜いと恥じ入った。
誰にも譲れない強い気持ちを嫌というほどに自覚してしまったのだ。
姫君の幸せを考えれば自分だけはあり得無いであろうに…。
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