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①憧れ By扶久子
遠い遠い昔。 頃は平安、世は泰平。 憧れるのは平安時代のお姫様! 源氏物語に出てくる紫の上や藤壺中宮!葵の上や明石の方!美しい姫君と公達の恋の物語。
そんな雅な世界に思いを馳せて、溜め息をつく平成の乙女が一人。 香川県のはずれにある、とある中学校。 昼食後、昼休みの教室で京都着物体験の案内パンフレットを眺めながら一人妄想を繰り広げていた。
***
「十二単のお姫様!素敵だなぁ~。着てみたいなぁ~」
そんな憧れを溜め息と共にもらすのは私、中学校三年生の大多芙久子十五歳。 最近ちょっと体重が気になる思春期の乙女である。 決しておデブという訳ではないが、若干ぽっちゃりさんな私は痩せたくてしょうがない。 …と言うのも、いつも一緒にいる幼馴染で親友の高遠亜里沙が、アイドルも顔負けのスタイル抜群の華奢で超絶可愛いスレンダーな女の子だったからである!
「別に太ってないじゃん!」 あっけらかんとした様子で亜里沙が私にそう言った。 いつの間にか隣の席についていた亜里沙は私をフォローするが、私より背が高い癖に十キロは私より体重の少ない彼女に言われてもな…と、少し自虐的なこと思ってしまう。
「も~、アイドル並みにスレンダーな亜里沙に言われたくなぁ~い」 ついそんな一言を発してしまう私だがこれは仕方ないと思う。
「ひがむな!ひがむな!扶久は、そのまんまで十分可愛いんだから!ふふっ!」と、言いながら亜里沙は私のほっぺをつんつんとつつく。
「ち!ちょっ!やめてよっ!そんなの他の男子とかに聞かれたらマジいじられて困るんだからね~!一種の虐めだよ!」
そう、私は知っている!知っているのだよ!陰で男子達が私達をなんと言っているのかを! 『美女と野ブタ』とか『掃きだめと鶴』とか!もちろん野ブタの部分と掃きだめの部分が私の事であろう事は疑い様もない! 男子どもがそんな事を言って陰で笑っているのを亜里沙は知らないけどね。
「も~、扶久ってば大袈裟だなぁ~」 罪のない笑顔でそう言う亜里沙はやはり美少女だ。
そしてそんな美少女はなんと私の事が大好きなのである。 これは自惚れでも何でもない。
家もお隣同士で、ずっと一緒だった! 物心ついた頃からの幼馴染で習い事(お習字教室やそろばん塾)も同じ教室だった。 私の一体どこがお気に召したのやら彼女は何故か私の世話をやきたがり、もうべったりだった! どれくらい好きかって言うと聞いて驚け! 将来、彼女は私の嫁入り先にまでついてきそうなくらいの勢いで私が好きみたいなのだ。 私の結婚相手に兄弟がいたら、その人を落として結婚して私と本当に姉妹になるのが夢だと言っているくらいなのだから洒落にならないレベルだ。ははははは~。(←乾いた笑い)
そんな美少女に懐かれまくっている私にモブな男子達はやっかんでいるのである!そうに違いない!心の狭い奴らだ! …とまぁ、そういう訳で、男子からの風当たりはきつかった。とほほ。 亜里沙が私を褒めたりすると聞き耳を立てている隅っこの男供からは『ちっ』とか『けっ』とか小さく聞こえてくるんだよ…。ちくしょう!
「全然、大袈裟じゃないしっっ!」私は無駄だと分かっていながらも亜里沙に無駄な抗議をするが亜里沙には通じない。
「あははっ、男子もさ、きっと扶久が親しみやすいタイプだから構いたいんだよぉ!扶久は癒し系だもんねっ」
「いや!ソレ、絶対、違うから!」
亜里沙に悪気が無いのは分かっている! 見た目だけじゃなく性格まで明るくて優しい彼女は本当に素敵な子なのだ!
だけど、だからこそ本当に堪忍してほしい! それでなくとも一緒にいるだけで私の不細工が目だってしまうのだから! 頼むから私の事は褒めてくれるな! それが私の彼女への切なる願いだ!
そんなに比べられるのが嫌なら離れればいいのに!とか、そう思われるかもしれないが私も亜里沙の事は大好きなので、中々そう言う訳にも行かない。
保育所時代からの幼馴染で大親友なのだ! そして家族同士も仲良しでもう姉妹同然の仲なのだからしょうがない! 私は深い深い溜め息をついた。 諦めの境地というやつである。とほほ。
「もう!何難しい顔してんのよ!それより中学生最後の修学旅行の話よ!京都での着物体験は十二単の方で申し込むでしょ?源氏物語大好きの扶久には堪らないでしょう?前から着てみたいって言ってたよね?」
「ええ~?着てみたいけど私なんかなぁ…」と、私はちょっと卑屈な言葉を吐いてしまった。 だって仕方がないじゃない?亜里沙みたいな美少女ならともかく私なんかが着てもきっと亜里沙の引き立て役がいいところなのだから。
「んもうっ!扶久は、可愛いって言ってんでしょう?大体、和装っていうのは、ガリガリの私より扶久みたいに、女性らしい体形の子のほうが似合うんだってば!」
「も~、要するに太ってるって事でしょう~?」
「扶久っ!怒るよっ!」
優しい亜里沙は、私が自虐的な事を言うと本気で怒ってくる。 マジギレだ!ね?いい子でしょう? 私が私なんかとか言うと本気で怒ってくれちゃうんだよね。 こうなると私は謝るしかない!
「ご、ごめん!うん、行く!私も参加するからっ!」
「よしっ!決まりねっ!泡沫夢幻堂だって!直ぐ隣が古い神社で縁結びの神様で評判らしいよ。ついでに御守りとかも買おうよ!」
「泡沫夢幻堂?へぇ…なんか雰囲気ある名前だね。素敵!いいね」
「ちなみに他の女子は舞子体験の方に行くってさ!何か舞妓姿のまんま散歩もできるらしいよ」
「え?亜里沙はいいの?舞子の方がいいんじゃ?」
「え~?いいのいいの!私は扶久と一緒ならどっちでもいいから扶久が良いほうに合わせるからっ!」
「あ、ありがと…」
…こういうところ、亜里沙は本当に優しい。 何かと私の気持ちを汲んでくれるのだ。 美人で可愛くて性格まで良いなんてどこの主人公よ?と問いたくなる。 私はさしずめ『モブの友人A』と言ったところだろう。
それこそ平安絵巻の物語とかならば亜里沙は当然、お姫様で私は側仕えってとこよね。
そう、そう思っていたのである。 修学旅行のあの日、運命の歯車が弾けて跳んだあの日まで…。
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