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ややあってから、沈んだ声がスマホから聞こえてくる。だいぶ落ち込んでいるようだが。
「そうですか……」
そんな科白しか出てこない。愚痴を言い合えるほどの関係を、大学時代に日比谷と築いた覚えはなかった。むしろ自分は、彼に嫌われていたように思う。サークルの飲み会に参加すると、あからさまに嫌そうな顔をされたし、周りに人がいないと嫌味を言ってきた。
沈黙が暫し続く。手持無沙汰になって、弦はハート形のチョコを口に放り込んだ。カカオの苦みと品の良い甘さが舌に染みた。高いだけあって、ゴディバのチョコは風味が良い。
「三日前、夢を見たんだ。藤崎が出てきた」
突然の話題転換。だが「夢」と聞いたとたん、好奇心が芽生えてしまう。
「俺が夢に?」
「ああ。お前に名刺をもらう夢だった」
名刺が出てくる夢は、社会人なら見たことがあってもおかしくない。それぐらいポピュラーなアイテムだ。弦自身、今の会社に就職してすぐの時に、何度も見た。名刺を渡そうとして胸ポケットからケースを取り出したのに、中は空っぽ。慌てているところでいつも目が覚めていた。
「名刺を渡してきた相手、本当に俺でしたか」
「ああ、お前だった」
断言され、弦は首を傾げたくなった。
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