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プロローグ
いま思うと、予兆はあった。
それは一か月前――成人の日の翌日。場所はカベルナ。カジュアルなイタリアレストラン。
藤崎弦(ふじさき ゆずる)は、年下の同僚、穂村を誘って昼食を共にしていた。
ランチタイムの店内は混んでいた。空いているラスト一席に滑り込むことができて、ふたりは機嫌が良かった。
弦はテーブル席に腰を掛けてすぐに、さっさと本題を切り出した。
「穂村は産業カウンセラーの資格に興味はないのか」
彼が入社して三年が経とうとしている。人事の仕事も板についてきたし、社労士の資格も取得済みだ。今なら産業カウンセラーの勉強をする余裕もあるだろう。
「産業カウンセラー、ですか」
穂村が瞬きをして呟いた。あまり興味のなさそうな顔だ。
「穂村に向いていると思うよ。他人(ひと)の話を聴くのが上手だから」
多分、自分よりも向いている。
穂村は弦より四つ年下だが、常に冷静で負の感情を表に出すこともない。人当たりも良い。トラブルに直面したとき、自分に非がなくても、相手の言い分をきちんと聞くことができる。そして真面目だ。守秘義務を決して破ることはないだろう。
暫し沈黙したあと、穂村は戸惑いがちに口を開いた。
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