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マインドフルネス
「そうか……それなら、結婚しなくてよかったってことだな」
日比谷がぼそりと呟いた。自分に言い聞かせるように。
「ありがとう。ちょっと気持ちが軽くなった」
まだ表情に暗さはあるが、目は微かに笑っていた。口端がぴくぴく痙攣している。
――相当手痛い失恋だったんだな。
同情と共に、羨ましさを感じてしまう。今まで生きてきて五人ほどの女性と付き合ったことがあるが、弦はどの人とも結婚したいと思ったことがなかったからだ。
「他に気になる夢はないですか」
ないなら帰りたい。腕時計を見ると、十四時五十分になるところだった。
日比谷が首を横に振った。
「夢以外の話も聞いてほしい。ダメか?」
「いいですけど――時間は決めておきましょう。三時ぴったりになったら帰ります」
あらかじめクライエントと話す時間を決めておくのは、カウンセリングの鉄則だ。部屋に入ったときにそれが出来なかったのは自分のミスだ。
日比谷の顔に不満が滲む。
「あと十分しかないじゃん。カウンセリング料金は払うから、もっと――」
「そういう問題じゃないです。第一俺はプロじゃない。お金はもらえません」
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