第1章 醒

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「…………あ」  自分の声に、自分で驚いてみせるのはマリアの眼下にいる一人の魂。 「なんで? ……俺、死んだんだよな?」  死んでなお自我を保つ自分自身に、戸惑いを隠せない。  彼の戸惑いはもっともなことだった。普通人が死ねば次に意識を取り戻すのは天界である。自殺者は“自分が死んだことすら忘れてしまう”から、そのことを思い出すまで魂は現世(うつしよ)を彷徨う羽目になるが、それは数少ない例外である。  彼の魂が目覚めたのは、彼の肉体のすぐ真上。さらに、彼の死因は自殺ではなく、病死。彼がいまこうして、現世と天界の間の世界に存在しているのは奇妙な話だった。  しかし、マリアは知っている。この魂に課せられていた役目と、いま魂がその役目をやり遂げたことを。 「よく、頑張りましたね」  マリアの口からこぼれたその言葉に、眼下の魂がマリアをやっと知覚し、見上げては目を見開いた。 「あなたは……?」 「私はマリア。あなたの死を見届ける者です」 「マリア…………ああ」  眼下の魂は得心したように(うなず)いた。 「俺は……務めを終えたのか」  魂は、本来受け継がないはずの前世や前前世の記憶を思い出す。それは、魂が輪廻転生を経ずに幾つもの人生を経験したということを意味した。  彼の魂は、天界に帰ることが叶わない、“地付き”の魂だった。それは輪廻の輪から外れた魂の行く末の一つ。彼の魂は、かつて罰を与えられた魂そのものであった。  魂は、千七十五の人生を経て、やっと輪廻の輪に戻ることを許されたのだ。 「久々の…………久々の生まれ変わりを、俺は経験できるのですね……!」  感動の涙に、彼の魂は洗われていく。それに伴い、魂はその身に重くまとわりついた千七十五人分の記憶が削げ落ちていった。  “地付き”は魂の重さゆえに、何度も何度も人生をやり直し、経験した分の人生の苦しみや悲しみを背負わされる。天の救いから遠ざからざるをえない魂は、強く、強く、輪廻の輪への復帰を望むのだ。 「……では、参りましょうか」  生まれたままの姿になった魂は、言われるがままに差し出されたマリアの手を繋ぐ。  これは、感情を取り戻した青年の魂の物語――――。
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