伽藍洞の桜

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「じゃあいただきます……」 「どうぞ。」 盃を受け取ろうとしたサクラであったが、さくらさまが手にもったまま、盃をサクラの口元にもってくる。 拒否することもできず、サクラは親鳥が雛鳥にやるように口を開けた。 盃からゆっくりと桜酒がサクラの喉に流れていく。 その味は、サクラにはおいしいのかどうかわからなかった。 ただ、胸が満たされていくのを感じた。 飲みきれなかった桜酒がサクラの口元から流れ落ち、地面に落ちる。 さくらさまは自分の指でサクラの口元を拭うと、それを自分の口に含んだ。 「さ、さくらさま……」 「今年の桜酒はおいしいね。」 なんてことないかのように振る舞うさくらさまに、サクラは赤面しうなだれる。 神様にとって、こんなこと普通なのだろうかとサクラは思う。 恥ずかしさのあまり下を向いていたサクラを、さくらさまは微笑みながら見ていた。 「さあ、いこうか。」 さくらさまはそれだけいうと、桜並木を分け入って歩き出す。 後ろを振り向かず歩いていくさくらさまを、サクラは必至に追いかける。 まるで迷路のように曲がりくねったその道を、さくらさまは迷いなく歩く。 サクラは木の根に邪魔されながらもさくらさまについていった。 「さくらさま、どこへ行くんですか?」 「秘密だよ。でもきっと気にいると思う。」 鼻歌でも歌いだしそうなほど陽気に、さくらさまは言う。 なにかここまで上機嫌になる理由があったのだろうか。 そしてサクラは先ほどの桜酒のことを思い出して、また赤面した。 さくらさまも少しは気にしてくれたと考えると、くすぐったい思いがした。 やがて桜並木が終わり、視界が広がる。 そこには花をつけていない、枯れ木があった。 「……これは?」 「君だよ。」 さくらさまは愛おしそうにその枯れた幹を撫でる。 大きな洞がたくさん開いているその木は、枯れているように思えた。 「見てごらん。」 一本の枝に、確かに小さな蕾が生まれていた。 小さなその蕾は懸命に咲こうとしているのか、ぷっくりと膨らんでいる。 「これからはもっと花が咲く。僕と君が愛し合えば愛し合うほど、ね。」 恍惚した表情でさくらさまは語る。 その幹の枝を撫でる手つきは優しく、まるで女の裸を撫でるようだった。
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