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「なにをいっているんですか……?さくらさま……?」
先ほどまで感じていた温かな思いが消し飛び、冷ややかな空気があたりを漂う。
その空気の発生源であるさくらさまは、木の洞に指を差し込み、中をひっかく。
「君が僕の前に現れたときは運命だと思ったよ。君はそっくりだね、彼女に。」
「さくら、さま……?」
昔を懐かしむように、さくらさまは虚空に視線をさ迷わせた。
目の前のサクラのことなど、見えていないようだった。
「昔ね、一人の女の子が君と同じようにこの場所に迷い込んだことがあったんだ。僕は気まぐれで彼女を助けてあげてね。その後、彼女は毎日のように僕のところにきてくれた。それがとてもうれしくて、僕はずっと彼女と一緒にいたいと思ったんだ。」
そう語るさくらさまの表情は、さきほどまでサクラに向けていた少年の温和な表情ではなく、男の肉欲に歪んだ顔をしていた。
「だけどねある日、彼女が結婚するといいだした。ここにもあまりこれなくなると。僕はそのとき、怒り狂って彼女を僕の世界に呼び込もうとしたんだけど失敗してね。そして彼女はもう二度とここにはこないようになった。」
逃げなければ、サクラは直感的にそう思った。
ここで逃げなげれば、ずっとこのままさくらさまに囚われてしまうと強く感じた。
震える足を叱咤し、サクラは踵を返し走り出した。
「それからずっと僕は寂しくて寂しくて寂しくて寂しくて寂しくて寂しくて寂しくて死にそうだった。でも今日、君が来てくれた。彼女と血の繋がった、君が。」
さくらさまの声が、サクラの後ろを追いかける。
それを振り払い、サクラは桜並木の道を走っていく。
帰り道など覚えていなかったが、前に進まずにいられなかった。
桜の根に足をとられ転び、立ち上がり、また転び走る。
あれだけ美しいと思った桜並木が、彼女を捕える牢屋のように思えた。
それをどれだけ続けていたのだろうか。
サクラは気付くと桜並木を抜け、目の前に大きな洞のある大樹についていた。
おそらくここが現世につながる場所だろうと思ったサクラは、必死の形相でその洞に駆け込む。
そこは最初に通ったときとは違い、真っ暗闇ではなかった。
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