逃「灯」行

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 オレたち、篝火の精霊は短い一生を無数に繰り返しながら長い時間を生きている。「若造」と呼ばれるオレでさえ、生まれたのは100年以上も前。それから今までに1万回は消されて、そしてそれより一度だけ多く息を吹き返している。 「おおい、若造。今日の調子はどうだ」  寂れた村の入り口門を挟み、向かい側でボッと音を立てて灯された篝火がいつもの調子で語りかけてくる。松明を手に村の中へ戻っていく人間に気取られないよう、オレはわずかに炎を強めた。 「ボウボウとまでいかねえが、ぼちぼちだぜ、じいさん」 「上々じゃ。ここのところ続いた雨の名残と寒さが身に凍みるが…今夜は消えずに済むじゃろう」 「そう願うよ」  短く返して、くべられたばかりの薪をしゃぶる。冬を迎えると突如吹いた冷風で不本意に消えてしまう不安はあるが、薪が湿気でまずくならないのがいい。さて、1週間くらい前に大雨に見舞われて呆気なく2人とも萎んじまって以来だが、今回の命はどのくらいもつやら。  じいさん曰く、「ワシは最長で60日間も我が身を燃やし続けたことがあるんじゃ!」。あと少しで61日目という時、当時火の番に当たっていた衛士が寝こけて薪を足し忘れ、じいさんは泣く泣く消え死んだらしい。  オレも経験済みだけど餓死はつらい。寒くてひもじくて気が狂いそうになる。 「ファロ、お前の炎は若々しくてええ色じゃのう。ワシが60日燃え続けたときも、ちょうどお前の歳くらいじゃった…記録を塗り替えてほしいもんじゃ」  ふと、じいさんがパチパチと火花を飛ばしながらとんでもない期待をかけてくる、そもそもオレにはじいさんほどの気概がないから、今までだって10日と燃え続けていられたことがないっていうのに。  もともと、じいさんは遠い異国から移民たちの手でこの地へ運ばれてきた種火だ。長い旅の間に多くのものを見て、移民たちと記憶も共有した。だから彼らの興した村と、その子孫である住民を大切に思い、役目を果たさなければならないという強い気持ちがある。だがオレは気付いた時にはもうここで燃えていて、篭の外にはどう足掻いても出ようがないから、しぶしぶ炎を吹き上げ続けているだけなのだ。  本当は、消える寸前にいつもこう願ってる――もう二度と灯されませんように、って。でも叶ったことはない。
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