隠し味

2/5
前へ
/5ページ
次へ
店主は少し困った顔をしてから注文通りラーメンを作り始めたが、それが男に向けた「お人よしだね」という合図と気づいたのは大人になってから。当時の私は一体何が起こったのかと目を白黒するするだけで、状況を飲み込めぬうちに熱々のラーメンが私の下に届いた。・・・あのラーメンが今、私の目の前にある。夢にまで見た光景に私の喉からゴクリという生唾が飲み込まれる音が聞こえると、遠慮がちに男の顔を伺った。 「食ってみな」 男は私の背中を叩き、私の顔はパァと華やいだ。震える手で割りばしを割り、初めてラーメンを口にすると衝撃が走った。「この世にこれほどうまいものがあるのか・・・」と。そして、20年。まるで水に塩を加えたような淡泊な味わいであったが、今でもその味を鮮明に思い出せる程、ラーメンは私を魅了した。以来、頭から片時もラーメンを忘れることができなくなった私は、大人になってから懐事情に余裕ができると、その欲望は爆発した。一年365日の内、私の食べるラーメンの数は4桁を越え、凡そ1年半で付近ラーメン店をすべて食べつくした私は、仕事を転々としながら県外へと足を運んだ。     
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加