隠し味

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1万件目を後にした帰路の途中、私は一つの移動式ラーメン屋台に居た。ただし、肩はがっくりと下がり、まるで泥酔しているかのよう。そう。私は酷く落胆していたのだ。そもそも私がこのラーメン行脚を始めたのは「いつかは初めて食べたあのラーメンの味にたどり着けるかもしれない」そう思ったからだ。しかし、1万件も店を廻ったというのに全て何かが違う。もちろん、どれもこれも粒ぞろいの一級品のはずなのに、あと一歩及ばない。何が足りないのだろうか?私は絶望の淵に居た。 「お待ち同様!」 注文しておいたラーメンは私の前に差し出されたが、なんだか食べる気にならない。食欲が沸かないのは初めてのことだ。それでも、一縷の望みに掛けて、私は深いため息を吐いた後に、ラーメンを啜った。 「・・・やっぱりか」 淡泊な味わいはあの時のそれに非常に近い。でも、やはり何かが足りない。虚しさに打ちひしがれた私が、箸をおいて外の景色に目を向けると、そこは夕暮れに色に染まる団地の一画。私の家の近くにも団地が有り、なんだか昔に戻ったようで一人黄昏ていると、遠くにいる一人の少年が私の目に飛び込んできた。この寒空の下、半袖に短パン姿。貧しさを象徴するかのように非常に華奢な出で立ちで、まるであの時の私そのものだった。私は初めてラーメンを食べさせてくれた名前も知らないあの男のことを思い出し、すぐに席を立って少年に声を掛けた。 「ラーメン、食べるかい?」 「・・・いいの?」 その言葉だけで十分だった。私は少年の手を引いて屋台へと戻ると、店主に告げた。 「店主、この少年にもラーメンを」 「・・・あいよ」     
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