(一)誕生日

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 今日、三十五才の誕生日を迎えた栄子。誰とて祝ってくれる人もいない。今さら祝ってもらう歳でもあるまいしとうそぶくが、やはり心内では寂しくもある。  人気(ひとけ)のないスタジオに一人残った栄子に、声を掛けて退出した練習生は一人もいない。この教室ではベテランになってしまった。同期生のすべてが家庭に入り、子持ちになっている。子供の手が離れたら戻りますから…と、みな退会してしまった。  今夜は昔風に言えば花の金曜日、窓から見る通りには腕を組んで歩くカップルが目立つ。四、五人のグループが信号待ちをしていたが、まだ赤信号だというのにその内の一人が車道に飛び出した。急ブレーキを掛けてタクシーが止まり、事なきを得た。  雑多な騒音が飛び交う中、部屋の中に街頭のにおいが入り込んでくる。体にまとわりつく熱気も、栄子を苛立たせる。エアコンが切られて三十分ほどが経っている。すでに室温は三十度を優に超えた。  体は十分に温まっている。すぐにも激しい動きに入れる。音楽を流しながら、頭の中で動きを思い描く。カンタオールの強い声が、栄子を突き動かす。タンタンと足を踏みならしながら、声に合わせて手をグルグルと回す。次第に動きが大きくなり、力強くそして早くなる。どっと噴き出す汗が、ぼとりぼとりと床に滴り落ちた。
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