(一)誕生日

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「なあ、栄子。もう一度医者に診せないか。知り合いがな、大学病院の医師を紹介してくれると言うんだけど。手術は、イヤか? 歩けなくなるかも、なんて言って…」 「やめて! その話は。あたしはトップに立つのよ。協力してくれる気はあるの。どうなの!」  健二の話を遮って絶叫する栄子だ。健二は無言でギターを手にした。ゴルペ板を指先で叩きながら「カンテは誰なんだ」と、栄子に問いかけた。右足を前に出して準備を終えた栄子が「知らないわよ、そんなこと。急な話だから、主宰も大慌てよ」と、不機嫌に答えた。  健二の演奏に合わせて、ゆっくりと背を伸ばし両手を高く掲げる。くるりくるりと回る手首、指先もまた動き始める。健二の甲高い声が響くと、その声に合わせて足を踏み鳴らす。ギターのリズムが早くなると同時に両手を腰にあてがい、大きくターン。続いてスカートの裾をつかんで大きく跳ね上げる。  片手を上げて背筋を伸ばし、大きく再度のターン。床を踏みならす靴音がより激しくなる。額に噴き出す汗が左右に飛び散った。「オーレ! オーレ!」の掛け声と共に指の動きも激しくなり、腰を使っての動きも強くなる。  突然ギター演奏が止まった。苦痛に歪んだ表情を見てとった健二が声を張り上げた。 「だめだ、だめだ! 引退だ、もう。床が泣いてるぞ。栄子にも分かってるだろう」  顔面蒼白で立ちすくむ栄子、ひと言も発しない。ただじっと足下を見つめて、噴き出る汗を拭こうともしない。床にポタリポタリと滴が落ちる。汗なのか、涙なのか…。 「続けて!」  栄子の絶叫が響いた。
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